俳優の安田顕さんが主演した映画「俳優 亀岡拓次」(横浜聡子監督)が全国で公開中だ。安田さん扮(ふん)する37歳独身で脇役が多い俳優・亀岡拓次が巻き起こす出来事を、“業界あるある”を交えつつ、ユーモラスかつハートフルに描いている。主人公が恋する居酒屋の女将役の麻生久美子さんほか、染谷将太さん、三田佳子さん、山崎努さんら豪華キャストも出演。劇中の亀岡同様、役者として引く手あまたの安田さんに話を聞いた。
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亀岡はどんな役でも演じ現場や監督から重宝される脇役俳優だが、安田さん自身は「僕は彼にはなれないので、憧れというかうらやましい」と印象を語り、「(亀岡になれない理由は)人間性かな(笑い)」と冗談を交えつつ、「(亀岡は)変化を求めていないというか、変わらないということに対する人様の安心感があるから使われるのでしょう」と説明する。共感できる部分は、「原作にもありますが、一つ一つの行動は謎だけれど、つなげて線にするとなんとなく分かる」と切り出し、「自分自身の内面と重なる部分はあったし、すごくとっぴで謎の行動だけれども共感できるところはある」と語る。
映画では俳優である安田さんが俳優・亀岡を演じているが、「素の部分、日常を過ごしているときをすごく気を使いました」と安田さんはいい、「酔っ払いに酔っ払いの演技はできないといいますが、客観性が重要という意味で、自分の日常をうまく引き出すというか……といろいろこたえましたが、結局そんなに意識していなかったんでしょう(笑い)」とちゃめっ気たっぷりに説明する。そして「少しは考えた方がよかったのでしょうが、主役の話があると聞いて、すぐに『やります!』といって、そのあとに俳優役なんだと気づきました」と冗談交じりに話す。
亀岡の素の部分を大事にしたという安田さんだが、「非常に動物的で本能というか直感でいくタイプだから、素の部分と演技している部分があまり差はないという気がした」と安田さんは亀岡のキャラクターを考え、具体的には「何を考えているか分からないという部分を表現するのに、死んだ魚のような目をしてみるのはどうだろうという提案はさせていただきました」と明かす。
安田さんは横浜監督を「独特」と評し、「物事を直接とらえるのではなく、どこか角度を変えて横浜さんなりの視点で描かれているので、それがすごく心地いいというのを今回映画を拝見しながら感じました」とその個性について説明する。続けて、「自分の粗探しをしてしまうのが自分の仕事ですが、見終わったときに面白いと思えたのは、横浜さんの視点だったり、横浜さんの映画だから思えたことなので、本当に感謝しています」と充実感をにじませる。
独特の個性は随所に出ていて、杉田かおるさんがママを演じる亀岡の行きつけのスナック「キャロット」のシーンでは、「横浜監督から『安田さんは行きつけの居酒屋さんに対してどういうイメージがありますか』と聞かれ、『自分をリラックスさせてくれるような、そういう温かいイメージがあります』と答えたら、『このスナックはそういうところではないです』と(笑い)」というやり取りがあったことを打ち明ける。
麻生さん演じる安曇が働く居酒屋「ムロタ」でも、「人の言葉を聞いて返すというのが普通の間合いですが、横浜さんは『こういわれるけどそうは返さないでください』とか、『今、目が生き生きしましたからやめましょう』など、それが横浜さんの独特な演出の一つ」と安田さんは説明。そしてそのことが「何を考えているんだろうなという間合いになっているのではと思います」とうなずく。
豪華なキャストが集結した今作だが、三田さんとの共演シーンについて「あれだけ緊張して胸をもんだことはないです(笑い)」と安田さん。「本当に引き込まれるような目をされていて、すっと引き込まれていく。少女のようであったり、淑女のようであったり、いろんなものを瞬間で体現されるような澄んだ引き込まれる瞳」と安田さんは絶賛し、「そのアングルを撮るために、僕が目にカメラを着けたいぐらいで、自分だけの財産。これが大女優さんの瞳なんだと思いました」と感慨深げに語る。
亀岡が恋に落ちる安曇を演じた麻生さんには「安曇さんとしてお話をさせていただいたので、とても清楚(せいそ)な部分であったり、品があったりするところに引き込まれました」と役としてのイメージが強いといい、「本当の麻生さんがどんな方かはまだあまり分かりませんが、CMで安曇とは全然違う麻生さんを見て『役によってイメージが変わる役者さんだな』と思いました」と視聴者のような客観的なコメントで笑いを誘う。
居酒屋で安曇と出会い、引かれていく亀岡の心情を尋ねようとすると、「引かれない人がいますか?」と力を込める安田さん。そんな安田さんの理想の女性像は「内面の輝きが容姿にも表れているような一生懸命頑張っている」人で、「そんな女性を応援しています!」と満面の笑みを見せる。
映画にドラマ、舞台などで多彩な役を演じる安田さんだが、もともとは「大学のサークルの模擬店をやっていて、隣が騒がしくて楽しそうな店が演劇部だった」ことがきっかけで、「こんな暗い自分も明るくなれるかもしれないと思って(演劇部の)門をたたいたが、結局暗いままです(笑い)」と自虐的に俳優人生の原点を振り返る。
大学卒業後、安田さんは一度は就職するが、仕事を辞め、再び演劇活動を開始。その理由について「役者になるという思いで(仕事を)辞めたわけではなく、『この仕事が向いていないかも……』と思い、芝居を口実に職場から逃げたんです」と驚きの事実を明かす。さらに「それからも『自分は絶対こうなる』という強い思いを持ってやってきたわけではないですし、(マンガ『ワンピース』の)『海賊王に俺はなる!』のように『(役者に)なる!』と思ったことはない」と持論を語る。
その後、当時の上司から年賀状が届いたことがあったと安田さんは明かし、「信頼は一度失うと決して戻ってはきません。あなたがこれからどういう道に進むか分かりませんが、人の信頼を裏切るようなことは今後しないでください。ご活躍をお祈りしております」と文面を説明し、「いやでもそれで意識は変わったと思いますし、感謝です」と神妙な面持ちで語る。
完成した映像を見て「びっくりした」と話す安田さんは、「もっとぶっ飛んでいて『(横浜監督は)すごいし、天才だと思いました。ぜひ見てください!』みたいなものになるのかと思っていましたが、きっちりと半歩先だなと。完全に想定外でもないし、かといって想定内でもなく、いい具合で半歩先にあるのを随所に感じました」と率直な感想を語る。そして今作を「日本の映画現場のいわゆるデフォルメした形の“あるある”というものを楽しんでいるファンタジー」と表現し、「すごく日本的なのにヨーロッパを感じるというか、その不思議感が面白いので『見てください!』と正直に思える部分だし、映画館で見てほしいという気がすごくします」と力を込める。
映画には“業界あるある”がふんだんに盛り込まれているが、「本当の“あるある”は描いても面白くはないと思います(笑い)」と安田さん。「手錠はアクロバティックに掛けた方がいいし、手術のときはキリッとしてやるべきだと思う」と映画的な演出を肯定しつつ、「『日没なのでもう撮影できないから飲みに行こう』というのも、よほどの大作でないと無理でしょうし、自分はそういうのに呼ばれたことはないから分からない。そういう意味では、この映画に描かれているような“あるある”は(今回の現場には)ありませんでした」といって笑った。映画は全国で公開中。
<プロフィル>
1973年12月8日生まれ、北海道出身。演劇ユニット「TEAM NACS」のメンバーで、98年に「水曜どうでしょう」に出演したことで注目される。NHK大河ドラマ「功名が辻」や連続ドラマ「下町ロケット」(TBS系)、映画「龍三と七人の子分たち」(2015年)など、幅広い作品に出演する個性派俳優として活躍している。最近の出演映画には「映画 みんな!エスパーだよ!」(15年)「新宿スワン」(15年)などがある。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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