音楽家の半野喜弘さんの初監督作で、俳優の青木崇高さんが主演を務める映画「雨にゆれる女」が公開中だ。半野監督のオリジナル脚本で、過去を隠して別人として孤独に生きる男が、突然現れた謎の女と出会ったことで次第に変化していく様子をサスペンスフルに描く。今から14年前に出会ったという半野監督と青木さんに、出会いから映画製作に至るまでの経緯や今作に込めた思いについて聞いた。
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2人が出会ったのは2002年のパリにあるカフェで、パリを拠点に活動する音楽家として活動する半野監督が、「カフェで数人の日本人仲間と酒を飲んでいたところ、バックパッカーの長身の青年がやって来て、『日本人ですか? 一緒に飲んでいいですか?』って声をかけられたのが最初」と出会いのきっかけを明かす。「それで意気投合して一緒に飲み、数日ほど一緒に過ごしました」という。
その後も半野監督が日本に帰ってきた際には連絡を取り合っていたが、しばらく疎遠になっていた期間があるという。しかし、「とあるビストロに友人といたのですが、そこは青木の昔からすごく仲いい人がやっているお店だったようで、(店の人から)『実は今日、友だちの俳優が来ているので紹介します』と言われて、それが青木だった」と半野監督は運命の再会について語り、「実は、お互いカウンター席に座っていたけれど、お互い背を向けていたから気付かなかった」とぶっちゃけて笑う。
すると、「聞こえてくる話のスケールが大きく、うるさい人だなというのは認識していました(笑い)」と青木さんはちゃめっ気たっぷりに表現し、「どんな人なんだろうという感じでいたら、それが半野さんでかなり驚きました」と当時を振り返る。
奇跡のような再会を果たした2人は、さらに交流を深めていき、「何度か会って話すうちに、僕たちの中で一緒に何かを作ろうというのが徐々に沸騰していくというか、リアルな感じの話になっていった」と半野監督は語り、「今回チャンスがあったので、(脚)本を書く前に『青木崇高でやりたいです』とプロデューサーに言ったところ、『青木さんにやっていただけるなら』ということで本人に話したら、『やりましょう』と」と製作、出演が決まった経緯を説明する。
半野監督から話を聞いたときのことを青木さんは、「普段いろんな人と会って『何かやろう』という話はありますが、なかなか実現しにくい中、具体的にどんどん半野さんが進めていって、いろんな方の力をいただいて形になっていくのには、すごく感動しました」と感慨深げに話し、「なにか特別な作品になるなというのは思いました」と期するものがあったという。
今作は、本名を隠して“飯田健次”という別人を名乗り、ひっそりと暮らす男を中心に物語が展開していくが、「なかなかいいアイデアがまとまらない中で、あるとき“社会を偽って他人として生きていく男”というのと青木崇高が、自分の中で合ってるというのがすごく面白く思ったんです」と半野監督は物語の構想について話し出す。
続けて、「人の数を絞り込むべきだというテーマは最初からあったので、役者の数を絞り込みなおかつ重奏性を持たせるために、偽ってる人間だったら(その役者が)2人分のキャラクターを演じることになるから、話は少し複雑になってしまうけれど、面白くできるのではないかというのが最初でした」と半野監督は明かす。
構想について、早い段階で聞いていたという青木さんは、「本が出来上がる前に、過去に犯罪を犯した人間が……ということは聞いていましたし、本になってからも、いろいろ細かい部分が変わったりしたら、その都度、話し合いました」と言い、「朝飯を食べながらや家に行ったり、衣装合わせの前後だったりとか、とにかくそのキャラクターのことについてはよく話していました」と説明する。
すると半野監督は、「多分、通常の監督と役者のやり取りよりも、健次という男を一緒に作っていく作業をしたという感覚が強いのでは」と分析し、青木さんも、「出会いからの一連を見ると運命のようなものがあったりするかもしれないですけど、(撮影を)やっているときはがむしゃらというか、とにかくクリエーティブなことばかり考えていた」と同意する。
2人で作り上げたという健次については、「(健次は)ある男が作ったキャラクターなので、普通に考えると整合性が取れていない。でも何年も健次として暮らしているから、社会に最低限の接点だけで成り立つキャラクターにはなっている」と青木さんは切り出し、「人との接点や情報を遮断している分、人間としての成長がないから、自分の中で最大限に俯瞰(ふかん)的に自分を見てなんとか作った健次という人物像で大丈夫と思いながらも、(ばれないかと)ひやひやしながら生きている」と人物について語る。そして、「そのいびつさや、別の誰かが入り込んできたときの微妙な崩れとかが面白いところだと思う」という。
そんな健次の前に大野いとさん演じる謎の女・理美が現れるが、「理美が他人の振りをして近づいて来るけれど、まだうまくできないというのが冒頭。だから、せりふとかもぎこちなくていいし、ある種、自分の言葉でない言葉をしゃべっているぐらいでちょうどいいと」と半野監督は演出し、「でも徐々に(理美も)“本人”になっていかないといけないので、順撮りではなかったのですが、わりと時間軸に沿って撮れたので、映画としては理美の変化と彼女の成長が重なってよかったのではと思います」と満足げな表情を浮かべる。
大野さんとの共演について青木さんは、「真っ白だなと思いました」と感じ、「本読みをしていてもすごく考えていて、真面目に取り組んでいるのがすごくよかったと思います。(理美役が)ともすれば健次をすべて理解していて、さらにそれで演技をしている人ということなので、とても難しかったと思います」と思いやる。
特に印象深いシーンを聞くと、「言い出せばすべてのシーンがそうですけれど……」と半野監督は前置きし、「撮影の途中から役者が役者ではなく、僕が考えていた動きやせりふうんぬんを超えて、本当にその人にだんだんなってきて、いくつかのシーンではすごい熱量までいっていて、ファインダーを見ながら感動しました」と深くうなずく。
一方、「健次が住んでいた場所で撮っていたのが一番長かった」としみじみ話す青木さんは、「そこの近くのビジネスホテルに監督と泊まって、撮影が終わったらご飯を食べながら撮影やキャラクターについて話し合い、翌朝は一緒にタクシーで現場に向かう間もいろいろしゃべったりして撮りました」と振り返る。そんな日々を過ごし、「本当に撮影のことしか考えていなかったですし、ぜいたくな時間でした。一緒になってものを作るというのはこういう感じか、と」と青木さんは充実感をにじませる。
友人同士であった半野監督と青木さんだが、初めて監督と役者と接してみて印象は変わったのだろうか。「意外とむずむずしたりするのかなと思っていましたが、半野さんが監督としてそこを段差なくすっとやってくださったという感じがすごくします」青木さんは感謝し、「普段もいろんな話をしますし、『半野さんが監督モードに入った』みたいな感じではなかったから、自分もやりやすかったというのもあります」と笑顔を見せる。半野監督も「撮影に入る前までの時間をちゃんと取れたというのが今回は一番よかった。だから撮影に入ってからは、通常そこで探ったりアジャストしたりするロスがなく始められた」と言い、「(監督と役者として)探り合いみたいなのがないのがよかった」と喜ぶ。
青木さんといえば今年6月に女優の優香さんと結婚したことが話題になった。心境の変化について、取材時点では結婚後の初仕事はまだだったため、「実際に演じてみないと分からないところですけど、やっぱり変わるのでは」と青木さんは推測する。だが、「(役作りの)すべてじゃないですけれど、私生活というか普段の自分の生き方から想像力も足してつむぎ出すというようなアプローチは多いので、自分の知らないエリアに自分の人生が入っていって、そこからまたつむぎ出せるものがあるんだったら面白いなとは思います」と思いをはせる。
期待感を抱く一方で、「逆に、どんどん面白くない表現になっていったら、それぐらい家庭が面白いということになってしまったということだろうから、それはそれでも仕方ないのかなとは思うかもしれない(笑い)」と青木さんは笑顔を見せ、「すごく面白くなっているから、仕事とかもどんどん面白くしていきたいです」と幸せいっぱいな表情を浮かべる。
健次という役に込めた思いを、「こういう人にもちゃんと平等に時間というのは与えられていて、ひりひりしながらだけど生きているんだということを、役を通じてですけれど、ちょっと考えてもらえたら。いろんな視点があるということだけでも分かってもらえたら」と青木さんは語る。そして、「自分も物事を一つの面だけからは見ないようにはしたいなというのがあって、たとえば誰かが『あいつはこういう人らしい』って言っていても、本当は違ったり、間の悪いやつが言ってるだけいうことだってあり得る」と持論を語り、「真実は分からないですけど、ものの見方で真実が曲解されるということはあるという部分も、この作品にはあるのではと思ったりします」と映画のテーマに言及する。
神妙な面持ちで聞いていた半野監督は、「映画の中の人物の皮膚感覚みたいなものは、すごく意識してやったので、そこは少し見てほしいというよりも、何か感じてもらえたらなというふうに思います」とメッセージを送った。映画は全国で公開中。
<半野喜弘監督のプロフィル>
1968年1月22日生まれ、大阪府出身。ジャズ、ヒップホップの音楽活動を経て、1997年欧州で発表されたエレクトロニックミュージック作品で注目を集める。98年には「フラワーズ・オブ・シャンハイ」の映画音楽を手がけ、フランスをはじめとする海外メディアから高い評価を受ける。以降も数多くの作品の音楽を担当。2000年、パリに活動の拠点を移し、映画音楽からオーケストラ、エレクトロニクスミュージックまで、幅広く世界中で活躍している。映画音楽を手がけた最近の作品に、「山河ノスタルジア」(15年)、「ピンクとグレー」「聖の青春」(ともに16年)などがある。
<青木崇高さんのプロフィル>
1980年3月14日生まれ、大阪府出身。2003年「バトル・ロワイアル2 鎮塊歌」で本格的映画デビュー。NHK土曜ドラマ「繋がれた明日」で初主演。07年の連続テレビ小説「ちりとてちん」でヒロインの結婚相手、兄弟子落語家の徒然亭草々役に選ばれ注目される。大河ドラマ「龍馬伝」では後藤象二郎、同じく「平清盛」では弁慶を演じている。主な映画出演作に「るろうに剣心」シリーズ、「渇き。」(14年)、「王妃の館」(15年)「S-最後の警官-奪還RECOVERY OF OUR FUTURE」(16年)、「日本で一番悪い奴ら」(16年)など。今作「雨にゆれる女」が初の長編単独主演作。放送中のドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」(日本テレビ系)に出演しているほか、17年には劇団☆新感線の舞台「髑髏城の七人」への出演を控えている。
(取材・文・撮影:遠藤政樹)
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