小野憲史のゲーム時評:ゲーム開発者の名前が出ない理由 “商品”と“作品”のジレンマ

宮本茂さん
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宮本茂さん

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、ゲーム開発者のクレジット表記について考えます。

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 「スーパーマリオブラザーズ」をはじめ、数々のヒットゲームの開発にたずさわり、今なお任天堂のフェローとして活躍する宮本茂さんが、令和元年の文化功労者に選出された。宮本さんはフランスの芸術文化勲章「シュバリエ章」やスペインのアストゥリアス皇太子賞など、国内外のさまざまな受賞(章)歴で知られ、名実ともに日本を代表するクリエーターの一人だといえる。今回の選出は日本でもゲームが文化として認められた証しであり、社会的地位の向上に大きくつながるニュースだといえるだろう。

 それだけに、これを機会にあらためて問題提起したいことがある。ゲーム開発者のクレジット(記名)の可否だ。自分が制作にかかわったタイトルについて自由に公表できない……そうした慣習がいまだに残っているのが、ゲーム業界の現状でもある。「ゲームを受注開発したが、元請けの意向で開発実績を明らかにできない」「インタビュー記事などで、引き抜きを恐れてイニシャルでしか名前を掲載できない」「ゲームのスタッフロールに名前が掲載されない」などの事例は、まだまだ数多く存在する。

 もっとも、クレジットをめぐる問題は日本だけの問題ではない。ゲーム開発者を対象とした非営利団体である国際ゲーム開発者協会(IGDA)では、スタッフロールの表記に関する基準を示した「ゲームクレジットガイド」の暫定版を公開している。こうした業界に対する啓蒙活動も、クレジットに関する世界的な問題意識があってのことだ。実際、スタッフロールのどこに、どのような肩書で氏名が掲載されるかは、そのタイトルに関する貢献度を客観的に示す資料になりえる。つまり、開発者の転職活動に関して影響を及ぼすのだ。

 そもそも著作物を公表する際、「著作者名を表示するか否か」「実名か変名か」を決める権利は氏名表示権と呼ばれ、著作者がもつ権利の一つだ。しかし、著作権の規定や運用は国や地域で異なる。日本では著作権法第15条で職務著作(法人著作)について定めており、従業員が業務で開発した著作物の氏名表示権は、会社に帰属するとしている。協力会社などが開発実績を公開する際に、発注先の了承を得ることが業界慣習になっているのも、これが理由だ。開発者レベルでも同様で、実名の公表について規定や研修を設ける企業もある。

 また業界には「ゲームは商品またはサービスであり、作品ではないので、クレジットは不要」とする考え方も根強い。実際、玩具、家電、インターネットサービスなどで、作り手が前面に出る例は少ない。ゲームも同じというわけだ。しかし、こうした主張はゲーム業界が自らの社会的地位をおとしめることにもつながる。「ゲームは文化だ」と業界が主張するなら、その作品性についても、真剣に考えるべきだろう。優れたゲームには作り手の創造性や作家性が必要だ。クレジットの記載や公開はその前提条件となる。

 このようにクレジットはゲーム開発者のキャリア形成についても、ゲームの社会的地位についても重要だ。そのため企業はいたずらに職務著作をふりかざすのではなく、制作に参加した企業やゲーム開発者がクレジットの公開について、自由に選定できるようにすべきだろう。考えてみれば、我々が宮本茂さんの受賞(章)を喜べるのも、その存在を知っているからだ。業界に必要なことは次世代の宮本茂さんを創り出すことで、無名の開発者として囲い込むことではない。記名について過剰な忖度(そんたく)が求められる社会は、今年で終わりにしたい。

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 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーのゲームジャーナリスト。2008年に結婚して妻と猫4匹を支える主夫に。2011~16年に国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表として活躍。退任後も事務局長として活動している。

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