中山七里:「セイレーンの懺悔」がWOWOWで連続ドラマ化 話題作が生まれた理由

テレビ
中山七里さん

 作家・中山七里(なかやま・しちり)さんが執筆したミステリー小説「セイレーンの懺悔」(小学館文庫)がドラマ化され、10月18日からWOWOWで放送される。不祥事が続くテレビ局を舞台にした本作は、原作発表当時から「ドラマ化不可能」と言われてきた。 中山さんに、「セイレーンの懺悔」が生まれたきっかけやドラマ化の感想、さらに、今作のような報道をテーマにした作品だからこそ描けることを聞いた。

◇プロットは自身の体験

 ドラマ「連続ドラマW セイレーンの懺悔」(中前勇児監督、村上正典監督)は、不祥事が続くテレビ局を舞台に、新木優子さん演じる入社2年目の報道記者、朝倉多香美が、自身が抱えるつらい過去と向き合いながら、女子高校生誘拐殺人事件を追う報道サスペンス。

 --作品が生まれたきっかけを教えてください。

 中山さん オファーをいただいたのは、「きらら」(小学館)という、購読者層に割と女性が多い文芸誌でした。そこにふさわしいものをということで、女性を主人公にした成長物語にしようと考えました。

 執筆を始めたのは2014年1月。ちょうどマスコミのやらせ問題が顕在化したときでした。実は、僕が(「さよならドビュッシー」で)デビューしたとき、新聞社の方からインタビューを受けました。そのとき、あるシーンについて聞かれ、僕は、実体験はまったくなしで想像力だけで書いたとお話ししたのですが、その記者の方は、「そんなことはない。これは実体験に違いない」とずっとおっしゃっていました。

 その後も新聞社の方からいろんなインタビューを受けるたびに例外なく、「これはこうに違いないからこうなんでしょう」と言われたのです。そのとき、新聞記者の方は、頭の中に結論があって、そこに話を持っていくために取材するのかな、と思ってしまったのです。

 それに執筆当時は誤報問題もありました。でも、誤報があったからといって、新聞社なり新聞記者から、誤報で被害を受けた方に弁償や謝罪はなかった。つまり、思い込みのあるマスコミは暴力ではないかと思っていたんです。そういう世界に身を投じた女性がその世界のしがらみと葛藤しながら、やがて自分なりの職業倫理を確立していくという話なのです。

◇報道をそのまま信じるのは「すごく恐ろしいこと」

 --「さよならドビュッシー」の音楽ミステリーにはじまり、警察小説や法廷もの、さらに金融ものといろんなジャンルの作品を書いていますが、今回のような報道をテーマにしている作品だからこそ描けることはありますか。

 中山さん 嫌なことを言いますとね、報道するときには、報道する側が、対象者を悪人に見立てなければいけないことがあります。今、テレビを見ていても、テレビ局によって報道の仕方は全然違います。報道される対象は“白い色”の人でも、報道する側によっては赤くなったり黒くなったりする。それを(視聴者の)みなさんがそのまま信じてしまう。それは、すごく恐ろしいことです。であるならば、報道する立場の人間は、よほど気を使ってやらなければ単なる暴力になってしまう。そのテーマはちゃんと入れています。

 人を撃ってもいい人間は、自分も撃たれていいという覚悟を持った人間だけだと思います。それは敷衍(ふえん)していうと、「あなたたち(報道する人)にはどれだけの想像力があるのですか。報道される人間が何を考えてこういうことをしたのか、もっと想像してほしい」という願いなんです。

◇この二作品の映像化に驚いた

 --今回は、地上波ではなくWOWOWがドラマ化しました。11月には、やはりWOWOWで、中山さんの小説「夜がどれほど暗くても」(角川春樹事務所)のドラマが放送されます。映像化の話が来たときの感想は。

 中山さん 普段から私は、絶対映像化されてたまるかと考えて書いています。だから、やたら外国に行くとか、わざと映像化されにくいテーマにしています。よりによって、「どうしてこの二つを原作に選ぶの?」というのはありました(笑い)。

 --うれしかったですか?

 中山さん うれしさよりは意外さが先に立ちます。不遜な言い方になりますけど、自分の作品が映像化されてそれほどうれしいとは思わないんです。ただ、それによって、版元さん、取次さん、書店さんに利益がもたらされることはうれしいです。自分で書いたものはそこで完結してしまっていますから実感がないんです。

 (作家の)海堂尊という人が的を射たことをおっしゃっています。「自分の作品の映像作品というのは、孫みたいなものだ」と。僕も一緒です。自分が書いたものは子供ですけど、映像化となると責任もありませんから、本当に孫みたいです。

 --映像化に対して要望を出したりはしないのですか?

 中山さん ほとんど放任主義です。別物だと考えていますから。

 --とはいえ、今回の主人公・多香美に新木優子さんが決まったと聞いたときは?

 中山さん 私よりも娘のほうが狂喜していました。親としての株が上がりました(笑い)。「セイレーンの懺悔」は、報道の世界に入ってきたルーキーがいろんなしがらみと戦いながら自己成長を遂げるというシナリオなので、新木さんがどのように演じられるのか興味があります。

◇「緻密な想像力は現実に近づく」

 --取材をしないというのは本当ですか。

 中山さん デビューする前から取材はしたことはないですし、推敲も、見直しもしたことはありません。8割方は想像力です。

 --間違ったことを書く恐怖心は。

 中山さん 間違ったことを書いたら校閲で指摘されますから。それに、話を組み立てるときに間違っているという感覚はありません。変な言い方になりますが、緻密な想像力というのは限りなく現実に近づいていきます。

 例えば、「セイレーンの懺悔」で記者クラブの詰め所が汗臭いとか、片隅に木刀や竹刀が置いてあると表現しましたが、それも想像力です。書いてみたら実際にそうだった。別の作品でも、近い将来パンデミックみたいなことが起こるとか、米国の人種差別の問題は今よりも顕在化するとか、あるいは、小説をずっと投稿し続けているのに日の目を見ない人間が出版社を脅迫するとか、安楽死を請け負う医療従事者が現れるとか今まで書いてきたことが恐ろしいことにほぼ現実になっています。

 --どうしてでしょう。

 中山さん こういう状況のなかで、こういう人間が、こういう境遇に落とし込まれたら、こういうことを考えてこういう行動をすると、書く要素を丁寧に設定したうえで想像していくと、たいていそれは現実になります。

 僕が書いた「さよならドビュッシー」も、書くと決まったときに初めてドビュッシーのCDを買ってきたくらいで、未だにシャープもフラットも知りません。

 リアリティーを得たいがために取材をするわけですけど、想像力でリアリティーを得られるのだったら、別に取材しなくてもいいと思うのです。

 --ジャーナリストには取材が必要だが、小説家は違う?

 中山さん そうです。ジャーナリストの方は現実を書かなければいけないですが、私が書くのはフィクションです。とんでもない間違いは論外ですけど、その世界観さえ確立できればいいと考えています。

※「連続ドラマW  セイレーンの懺悔」は、10月18日から毎週日曜午後10時にWOWOWプライムで放送。全4話で、第1話は無料放送。

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