永井豪:「正義とは何か?」という大きな問いかけ 50周年「デビルマン」「マジンガーZ」のメッセージ

「デビルマン」「マジンガーZ」などで知られる永井豪さん
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「デビルマン」「マジンガーZ」などで知られる永井豪さん

 マンガ家の永井豪さん原作のロボットアニメ「マジンガーZ」のテレビアニメの放送が始まった1972年12月3日から50年たった。永井さんの名作「デビルマン」「マジンガーZ」の50周年を記念したトリビュート本「漫画家本スペシャル 永井豪本」(小学館)も発売された。インタビュー、評論、エッセーのほか、「ハレンチ学園」の約27年ぶりの新作「新装開店ハレンチ学園」を掲載。同書でも触れられているが「デビルマン」「マジンガーZ」の衝撃的な最終回で「正義とは何か?」をという大きな問いを投げかけ、幕を下ろしたようにも見える。普遍的な問いであるから、永井豪作品は色あせず、令和の時代にも新鮮に感じる。永井さんに「正義とは何か?」と問いかけてきた理由を聞いた。

ウナギノボリ

 ◇どこかで人間を信じたい 僕はモラリスト

 「デビルマン」「マジンガーZ」の連載、テレビアニメの放送が始まったのは1972年で、半世紀も前だ。今も昔も「正義とは何か?」という問いに答えは出ない。永井さんは「正義を振り回す人たちに危うさを感じていたんです」と語る。

 「日本人の正義、英語のジャスティスは違うようにも感じています。日本は、正しい道をいく、道徳感を守る、道を究めることが正義であることに対して、ジャスティスは悪いやつを裁く。そういう感覚があります。正義は危ういものだと思っています。『デビルマン』は、主人公が信じている道を突き進む。ジャスティスに近い。そこに疑問が芽生えていく。正義の倫理観を振り回し、自分たちの正義と違うものを抹殺しようとして、悪魔狩りが起き、牧村家が惨殺されてしまいます。今の戦争の在り方もそうですね。正義、道徳、倫理は常に揺らいでいる。そういうのを感じさせることができる作品になればいいとは思っていました」

 ネットでデマに踊らされ、ネットリンチが起きたり、炎上したりするのを見ると「デビルマン」を思い出す。

 「昔の正義のヒーローは白ずくめの格好で戦っていて、本当にそうなの?と思っていました。それが『デビルマン』につながった。全ての人にとって正義なのだろうか? そんなに単純なものなのか? 解決しない問題ですね。人間は矛盾にも満ちた生き物ですから。日本も昔は正義のために太平洋戦争を戦った。当時の倫理観に疑問を持つ人は少なかった。今もマスクをしていない人を殴ったり、ネットの社会でみんなが“いいね”といったものがマジョリティーになって、マイノリティーの意見をたたく。たたいている人は、自分が正しいと思っているかもしれない。でも、本当にそうなのか?と立ち止まってほしい。そこまでたたかなくてもいいはずだし、マイノリティーの言い分をすくい上げてもいい。人間の社会は、難しいんです。そういうことが『デビルマン』『マジンガーZ』にも入っています」

 永井さんの視線は冷静で、優しさも感じる。

 「どこかで人間を信じたいという気持ちがあります。僕はおきて破りの作品を描いてきましたが、基本的にモラリストだと思っています。踏み外しているようにも見えるかもしれませんが」

 ◇「ハレンチ学園」で警告したこと

 「漫画家本スペシャル 永井豪本」には「ハレンチ学園」の約27年ぶりの新作「新装開店ハレンチ学園」も掲載された。「ハレンチ学園」は、日本中のハレンチな先生が集まる聖ハレンチ学園を舞台に、くせ者の教師や悪ガキたちが巻き起こすドタバタを描いたギャグマンガ。「週刊少年ジャンプ」(集英社)で1968~72年に連載され、社会現象になり、PTAなどからの激しい批判の標的となった。過激な表現ばかりが注目されてしまったところもあるが、先述のように永井さんはモラリストだ。「ハレンチ学園」にもある思いを込めた。

 「中学生の時、先生が悪さをするのを目撃しました。先生が、女の子に悪さをしようとしたのを見て、助けたこともあります。僕も先生に悪さをされそうになったことがあります。『親に言わないで』と言われたんです。そういう先生がいるんです。当時、先生は絶対的に偉い人だと思われていたので、親に言っても信じてもらえなかった。でも、先生も危ない人はいっぱいいるということを警告しようとしたんです。今でこそ先生の性暴力被害がニュースになりますが、昔はそういうことが隠されていたんですね。今も昔も発生率は同じだと思います。自分が体験したことをカリカチュアしてマンガとして描いたんです。真面目に告発しても伝わらないので、ギャグマンガにしたんです」

 「デビルマン」「マジンガーZ」と同じく「ハレンチ学園」でも「正義とは何か?」という問いを投げかけたわけだ。

 「異常さばかり取り上げられたし、先生をこんなふうに描いて!という反発も大きかった。怒った人は、先生が立派だと信じ切っていた人なんでしょう。自分は間違ったことは描いてないと思っていたので、どんなにたたかれてもへっちゃらでした。僕は危ない人だと思われることが多いんですけど、女性に悪さをしないですよ。悪いことをされることはありますが(笑い)」

 ◇自分の爪痕を少しでも残したかった

 「漫画家本スペシャル 永井豪本」は、ちばてつやさん、庵野秀明さん、岩明均さん、筒井康隆さん、手塚眞さん、寺田克也さん、水木一郎さん、山岸凉子さんらがメッセージ、イラストを寄せた。藤田和日郎さん、皆川亮二さん、湯浅政明さん、武正晴さんらのインタビューも掲載。夏目房之介さん、細野不二彦さん、島本和彦さんらが寄稿した。

 「読み応えがありました。うなりました。皆さんにこんなに喜んでいただけていて、すごくうれしいです。一生懸命にマンガを描いてきたかいがあったと満足感がありました。全部が印象深いですね。対談(藤田さん、皆川さんの対談)も面白かったです。時代によって入り口、影響を受けたものが違うんですね。結構、語り合えるもんなんだと面白く読みました。改めて、どんな影響を受けても、それぞれが自分の世界観で自分の作品を作っているし、マンガ家はやっぱり個性の世界なんですよね。同じようにはならないんです。 春日さんの殺陣の解説(映画史、時代劇研究家の春日太一さんが書いた『永井豪の殺陣』)もうれしかったです。僕も時代劇を山ほど見て、剣の重さなどを描いていたので、それをちゃんと見ていただけていたんですね。思わぬ方がファンでいていただけるのもうれしいです」

 ライターの輔老心さんが寄稿した「ロボットボイン研究 AからZ」も印象的だ。「マジンガーZ」に登場したアフロダイAほか女性型ロボットの武器、通称・おっぱいミサイルなどついて論じたコラムで、永井さんの豊かな想像力、創造性に改めて驚かされる。

 「マジンガーZでは体を武器にすること、身体表現としての武器を考えていました。ブレストファイヤー、ロケットパンチもそうですね。女性ロボットはどうしよう?と考え、おっぱい攻撃に行き着きまして(笑い)。ドンと迫ってくるのがいいかな?と考えていました。それまであり得なかったものでしょうね」

 永井さんの作品はもちろん「デビルマン」「マジンガーZ」だけではない。さまざま作品を生み出し、マンガ家に限らずさまざまなクリエーターに大きな影響を与えた。

 「たまに影響を感じることはありますね。もしかしたら自分の作品の要素が入ってるかな?くらいは考えます。僕もいろいろな人の影響を受けて、ここにきてますし、あまり気にしませんが。マンガ家にどうしてもなるんだ!と思った時、もう死ぬかもしれないという勝手な思い込みがあったんです。自分の爪痕を少しでも残したかった。とにかく人の心に残り、インパクトを与えられるマンガを描こうとしました。ずっと思っていることですし、この本を読んで、それが伝わっていたんだと確認できたことがうれしかったです」

 永井さんの作品は50年後、100年後……も“大きな爪痕”として残っていくはずだ。「これだけ皆さんに伝わっているので、もう描かないでいいかな?」と冗談っぽく語るが、まだまだ“爪痕”を残していただきたい。

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