天国大魔境:話題作のアニメ化に挑む 原作のイメージを壊さずに 森大貴監督に聞く

「天国大魔境」の一場面(C)石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会
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「天国大魔境」の一場面(C)石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

 「それでも町は廻っている」などの石黒正数さんの人気SFマンガが原作のテレビアニメ「天国大魔境」がTOKYO MX、MBSほかで放送されている。原作は、「このマンガがすごい!2019」(宝島社)のオトコ編第1位に選ばれた話題作。原作は、謎が多いストーリー、張り巡らされた伏線、独特の世界観が魅力だが、アニメで表現する上でのこだわりは? アニメを手掛ける森大貴監督に制作の裏側を聞いた。

ウナギノボリ

 ◇読めば読むほど緻密

 原作は、2018年に「アフタヌーン」(講談社)で連載をスタート。異形の化け物が巣食う2039年の日本を舞台に、東京・中野で便利屋を営むキルコが、とある女性から「この子を“天国”に連れて行って―」という謎の依頼を受け、少年・マルと共に“天国探し”の旅に出ることになる。アニメはProduction I.Gが制作する。

 森監督は「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」で助監督を務めたことでも知られるが、本作が初監督となった。原作を読んで感じたのは「不思議な印象」だった。

 「マルとキルコのいる魔境、トキオのいる天国で世界観がはっきり分かれていますが、それが一つの作品の中で違和感なく共存しています。要素がすごく多いのですが、伏線などを含めて矛盾なく一つの作品に収まっているのがすごい。先が気になって、続きを読みたくなりました。背景などのビジュアル的な面にもひかれました」

 不思議な世界をアニメとして表現するのは容易ではないはず。石黒さんの描くキャラクターも個性的だ。アニメ化する中で「難しさ」を感じているという。

 「線量が意外と多いんですよね。衣装もリュックなどを含め線の量が多く、背景も廃虚を描くとなると線量が増えます。それに顔のバランスも難しい。独特なバランスなのですが、懐がすごく深いデザインです。シリアス、リアル調でも格好いいし、ちょっとギャグ調に寄せても全然違和感がない。なので、ある意味アニメーターさんに遊んでいただける部分もあるかなと思っています。今回、総作監は立てていません。ですが、各話の作監さん、原画さんで描き方は違うけど、ちゃんとマルたちに見えるんです。もちろん、各アニメーターさんの力によるものが大きいですが、そういった意味では石黒先生の絵や、うつしたさん(南方研究所)のキャラクターデザインに助けられているなと感じます。」

 ストーリーは、マルとキルコのいる魔境、トキオのいる天国の2軸で展開される。

 「アニメ化の際、時間軸を組み替えて、例えば一つの話数で天国側だけを描くことも考えたのですが、原作は読めば読むほど緻密に組まれているなと感じまして。魔境と天国が切り替わるところで、きれいに時間軸を省略していますし、それがないとシーンが成立しません。そこを補完しようとすると、オリジナル要素を足していかなければいけないのですが、そうすると作品からどんどんズレていくような気もします。なので最終的には、基本は原作にのっとった形で進めていくことに落ち着きました。」

 ◇音の重要性

 石黒さんが描く不思議な世界をアニメで表現する際、何を大切にしようとしたのだろうか?

 「アクションシーンはアニメーションになることで映えると思うので、力を入れようと考えました。また、マンガは基本的にモノクロということもあり、背景の風景など彼らが生きている世界をちゃんと色で表現できれば、すごく魅力的になるだろうと思い、そこも意識したところです」

 魔境は廃虚で、天国は整然としている。原作のイメージを崩さないようにアニメならではの表現を目指した。

 「複合的な要素ではありますが、背景、レイアウト、撮影処理、音などで原作の持つ雰囲気を表現しています。もちろんどれも欠かせないものですが、特にマンガにはない要素である音はすごく大事だと思っていて、そもそもキャラクターの声もそうですし、効果音、音楽など、原作にプラスで乗せる情報については原作のイメージを壊さないようにしないといけないなと。あとは色もそうですね。原作を読んでいる際に、頭の中で補完されてる色のイメージがあるはずです。その、皆さんがある程度イメージしてるところからはズレないように気をつけています。原作をできるだけ再現しながら、映像にした時に必然的にプラスで加わる情報が、逆にマイナスの働きにならないようにしなければいけないと思っています。」

 森監督が話すように、音が重要な要素となっているようだ。「天国大魔境」は「映画 聲の形(こえのかたち)」「チェンソーマン」などで知られる牛尾憲輔さんが音楽を手掛けた。

 「僕の印象としては、石黒先生の作品はちょっと引いた目線といいますか、見守ってるくらいの目線で物語が進み、それが不思議な空気感を出していて、読んでいてすごく楽しいです。ただ、映像化する際に、この部分の描き方に気を付けないと少し淡々としているように見えてしまうかもしれないと思いました。そこを音楽によって感情の幅の表現をすることで補填(ほてん)できればと思い、牛尾さんの音楽はとてもぴったりだなと。廃虚や学園で牛尾さんの音楽が鳴っているイメージも湧きました」

 廃虚、天国、ディストピア……というキーワードから、音があまり鳴っていない静かな世界を想像する人もいるかもしれない。

 「ある程度は音楽を流すようにしています。ただ、強い感情が出る瞬間がそんなに多くはないですし、音楽を流さなくても成立する作品だとも思うので、音楽を流すポイントは本当に難しいです。」

 ◇アニメを作る上での責任

 初監督ということもあり、「とにかく大変」という森監督。制作する中で“魔境”と“天国”があった。

 「魔境だったことはいっぱいあるんですけど(笑い)。今回、初めて監督をやらせていただき、やっぱり仕事量が多く、スケジューリングなどで戸惑うこともありました。天国だったことは、取材で伊豆に行かせていただいた時でしょうか。フェリーなどを取材したのですが、すごく楽しかったですね。休日のような気分を味わえました。」

 「天国大魔境」は、読み方によってはさまざまなメッセージを読み取れるし、純粋にエンターテインメントとしても楽しめる。森監督は「原作に対してプラスアルファでメッセージを加えるつもりは全くありません」とも話す。

 「要素が多い作品ですし、例えば災害、テクノロジーなどに対して感じることがあるかもしれません。ジェンダー的な観点で見ることができる作品でもあります。この作品にちりばめられた要素のどこを拾って、どう楽しんでいくかは、見ている人がそれぞれ取捨選択していただければと思いますし、それができる作品だとも思います。なので、僕としてはこの作品をゆがめない形でしっかり伝えることが、アニメを作る上での責任だと思っています。伏線を楽しむこともできますし、そこを気にせずに世界観、ストーリーを楽しむことができるのがこの作品の魅力です。エンタメとして楽しんでいただけたらうれしいです」

 PVのハイクオリティーな映像も話題になっている。

 「作画さん含め制作スタッフの皆さんに協力していただき、撮影処理や美術も含めて見応えのある映像にできればと思っています。ご期待を裏切らないようにスタッフ一同、一生懸命制作しているので、ぜひ見ていただけるとありがたいです」

 森監督は、真摯(しんし)に作品と向き合っている。アニメならではの映像表現に期待が高まる。


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