福山潤:「狼と香辛料」新作で「一から演じる」望外のチャンス 15年前は「一番苦しかった」

「狼と香辛料 MERCHANT MEETS THE WISE WOLF」の一場面(C)2024 支倉凍砂・KADOKAWA/ローエン商業組合
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「狼と香辛料 MERCHANT MEETS THE WISE WOLF」の一場面(C)2024 支倉凍砂・KADOKAWA/ローエン商業組合

 電撃文庫(KADOKAWA)の支倉凍砂(はせくら・いすな)さんの人気ライトノベル「狼と香辛料」の約15年ぶりとなる完全新作テレビアニメ「狼と香辛料 MERCHANT MEETS THE WISE WOLF」が、4月1日からテレビ東京ほかで放送される。同作は過去にもテレビアニメ化され、第1期が2008年、第2期が2009年に放送されており、新作は原作の第1巻から再アニメ化される。前作と同じく、声優の福山潤さんがメインキャラクターの行商人クラフト・ロレンス、小清水亜美さんが狼の化身である少女・ホロを演じることも話題になっている。約15年の時を経て、再びロレンスを演じる福山さんに新作に懸ける思い、収録の裏側を聞いた。

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 ◇自分が今できるロレンスを一から作る 過去は一切振り返らない

 「狼と香辛料」は、行商人クラフト・ロレンスが、豊穣(ほうじょう)の神としてあがめられていた狼の化身のホロと旅をする姿を描いたライトノベル。街から街へと商品を売り歩く日々を送っていたロレンスは、自身を賢狼と呼ぶ美しい少女と出会い、彼女の「遠く北にあるはずの故郷・ヨイツの森へ帰りたい」という望みを聞き、共に旅をすることになる。

 新作テレビアニメは、前作の続編ではなく、ロレンスとホロの旅が一から描かれる。福山さん自身も新作制作の話を聞いた時は「続編だと思っていた」と振り返る。

 「収録の第1話の台本をもらって読んだ時に『あれ? このシーンは演じたことがある』と。そこで初めて第1話から作ることを知ったんです。気持ちとしては、正直複雑でした。こういうことを言っちゃいけないんですけど、一度やったことがあるものをやるのは、難しいんです。どこに立って、自分は演じ始めればいいのだろうと」

 新作は、前作で監督を務めた高橋丈夫さんが総監督として参加し、前作の第2期に演出として参加したさんぺい聖さんが監督を務める。福山さんは「15年前のあの雰囲気をなかったことにはしない」「とはいえ、そこが絶対ではない」という新作の方向性を聞き、「自分が今できるロレンスをもう一回作るしかない」という思いで収録に臨んだ。

 「もちろん、15年前に演じたロレンスを基にはするんです。そこから外れてしまったら、もう僕でやる意味がない。とはいえ、15年前の状態を改めて自分で作るのはナンセンスだよなって。だから神経を使いますよね。15年前の演技を事細かに覚えているはずはないですが、体のどこに力を入れてやっていたかとか、どういうふうに体に負担があったかとか、実感は残っている。でも、今とは肉体の筋力すら違うので、その感覚を頼りにやるとやりすぎちゃうことになるだろうと。だから、過去のものは過去のものとして、今もう一回、一からにしようという」

 福山さんは、前作をあえて見返さなかったという。

 「『昔はこうだったよ』という比較対象を持ち込んだら、もうクリエーティブはなくなるでしょう?と。演出サイドから『昔に合わせて』というディレクションがあれば、もちろんそうしますが、僕から『昔はこうだった』というのを一切出したくないなという思いがあって、過去は一切振り返らないようにしていますね」

 ◇「青かった」15年前 「何とかやっていかなきゃ」

 前作が放送された約15年前、福山さんは2007年に「声優アワード」の初代主演男優賞を受賞し、各アニメ系雑誌の賞を総なめするなど、人気若手声優の一人として注目を集めていた。当時は、少年のキャラクターを演じることが多かったが、「狼と香辛料」では、青年行商人のロレンス役に挑戦することになった。福山さんは当時を「一番苦しかった時期でした」と振り返る。

 「当時は土台が少年役で、比較的ハイトーンで、しかも個性的ではない普通の少年が一番得意だったんです。それがちょっと個性的な役で認知してもらったおかげで、いろいろな幅を持った役をもらえるようになっていました。ただ、その期待に自分が追いついていない中で『何とかやっていかなきゃ』という時期だった。だから、いろいろ難しいことを自分の中でやっていたなと思います。それは、間違いではないんですけど、当時は『このラインでやればうまくできる』みたいな楽観的なポイントは一つもなかったです」

 「狼と香辛料」の収録で後悔を感じたこともあったという。

 「ロレンスのキャラクターを考えても『もっとラクにやってよかったんじゃないかな?』『もっと幼くてもよかったんじゃない?』とか自問したことはあるんですけど、『いやでも、そこで日和(ひよ)るんだったらもうダメでしょ』とかいろいろなことを考えながらやっていて。当時の自分の中では挑戦でしたし、当時のプロデューサーも、僕を選んだのは『賭けだった』と言っていた。賭けてくれたのであれば、自分も自分に賭けないとしょうがないよね、と。すごく当時も受け入れていただいて、作品としては人気があったと思うんですけど、そこを考える余裕はなかったですね。自分の中ではうまくできていると思っていなかったので。だから、オンエアの自分の声を聞いても『自分の中でやろうとしたことがやっぱり届いていない』とか、そういう思いばかりが強くありました」

 とはいえ、当時の自身の“青さ”が良い意味で作用していたとも感じているという。

 「その“青さ”がロレンスとかぶってはいたから。演じる側の気持ちとしては、リアルな青さじゃないほうがいいんですよ(笑い)。作った青さの方が僕としてはうれしいんですけど、当時は、青さに助けられているよな、というのは多々ありましたね」

 ◇ホロ役の小清水亜美と「久しぶりの1000本ノック」 昔より「踏み込めている」

 「狼と香辛料」は、ロレンスとホロの丁々発止の会話劇が魅力の一つとなっている。福山さんは「二人のやり取りでは、僕はほぼ受けぜりふで、仕掛けていくと大体返り討ちに遭う流れになるので、新作の収録では久しぶりに1000本ノックをやっているな、というイメージです」と語る。

 「最近は、比較的渡すせりふのポジションの役柄が増えてきた中で、『狼と香辛料』で改めて全部のせりふを受けるというのが、やっていて楽しいなと感じます。ストーリーは変わらないですが、受け方一つ、渡し方一つ、返し方一つで、もっとニュアンスが乗っけられるとか。昔よりは『踏み込めている』という実感はあって、指先ちょっとかもしれないですけど、それが今回、15年ぶりに新作を作る意義のエッセンスになっていたらいいなとは思います」

 約15年ぶりにホロ役の小清水さんの声を聞き、感じるものもあった。

 「懐かしいとかそういう感じではなくて、小清水が15年たって提示するのは、こういうホロなのね、という。今回のホロの声を聞くと、小清水が15年前のこともすごく大切にしながらやっているのが分かるんです。では、今の小清水が演じるホロに対して、今の自分だったらこのぐらいの幅なら成り立つかな?とか。ちょっとずるいやり方なんですけど(笑い)。僕としては前作のロレンスを再現する気はないので」

 新作ではロレンスとホロの旅が最初から、新たに描かれることになる。最後に福山さんに「狼と香辛料」に対する思いを聞いた。

 「15年前は、原作があるアニメで言うと、関わった作品が物語の途中で終わることも当たり前だったんです。例えば『ジャンプ』作品であっても、連載中にアニメが始まるので、最後までアニメで描ける機会なんてほぼなかった。当時も『この後にもっともっと面白いエピソードがあるし、やりたいな』という思いはすごくあったんです。とはいえ、今は『それはそれで良かったよな』とも感じているんです。原作がアニメ化されて、アニメが終了しても、原作好きな人たちの間では、アニメの声でその後が読まれていく。それぞれの中で補完されて完結していくので、その面白さもあったよなと」

 前作から年月がたち、自身の中で思いを消化しきったタイミングで、「狼と香辛料」の新作の話が舞い込んだという。

 「だから、ちょっと組み直さないといけないなという(笑い)。こういう望外なチャンスをいただけたのならば、いい形で、改めてやってみたいと。当時のアニメの続きが見たいという人もいるかもしれないですが、今回新作を見て『続きがより見たくなった』に変わればいいなと思います。また、今回新しく作品に触れた方々が、原作を手に取って、映像表現と原作ならではの細かく描写されている部分の違いも楽しんでもらえたらいいなと。こういう形で作品を皆さんに提示できるというのは、僕らがいくら望んでもできないことだから、この機会を大切にしたいですよね」

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