アンパンマン:意外と知らない絵本の歴史 最初は評判がよくなかった!? 今ではシリーズ累計発行部数9000万部の人気作に “愛される理由”とは

やなせたかしのあんぱんまん1973「あんぱんまん」
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やなせたかしのあんぱんまん1973「あんぱんまん」

 今田美桜さん主演のNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「あんぱん」(総合、月~土曜午前8時ほか)。マンガ家、絵本作家のやなせたかしさん(1919~2013年)と暢さん(1918~1993年)夫婦をモデルに、二人が「アンパンマン」にたどり着くまでを描く本作が、好評を博している。やなせさんが手がけた作品に注目が集まる中、フレーベル館編集部の近藤かほるさん、小池沙知さん、上総糸恵さんに、シリーズ累計発行部数9000万部(2025年4月現在)を誇る「アンパンマン」絵本の歴史や魅力について話を聞いた。

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 ◇「世間では誰も知らない本だった」原点作

 子供向け絵本としての「アンパンマン」の原点は、昭和48(1973)年に同社が出版した月刊絵本「キンダーおはなしえほん」10月号に掲載された「あんぱんまん」だ。当初はひらがな表記で、アンパンマンのビジュアルも指が5本でマントもボロボロ、頭身も現在よりもすらりとした印象だった。今となっては考えられないが、顔を全て食べられてしまい、顔がない状態で飛んでいる描写もあった。

 この本が出版された当時の反響について、やなせさんは「大悪評だった」と語っているという。

 小池さんは「出版社や絵本評論家からも酷評され、幼稚園の先生から『顔を食べさせるなんて残酷だ』という手紙が届くなど、世間では誰も知らない本だったと先生はおっしゃっていました」と明かす。

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 しかし、しばらくすると、近所の人や保育園、幼稚園の先生から「子供たちがあんぱんまんを大好きだ」という話を耳にするようになったという。

 「やなせ先生は『大人からはあまり良い評判をもらえなかったけど、子供だけはあんぱんまんのことを好きでいてくれた』とおっしゃっていました。そんな子供たちの声が広がっていったことで、次々とアンパンマンの絵本が刊行されるようになりました」

 市販化してからは、タイトルがカタカナ表記の「アンパンマン」に変更された。当初は幼児向けということでひらがな表記にしていたが、やなせさん自身の意向により、カタカナ表記になったという。また、アンパンマンのビジュアルもヒーローとして次第に完成されていき、読者の子供たちがより親しみを覚えるように、手が丸くなったり、頭身が低くなったりと、現在のものに近づいていった。

 ◇やなせさんが「アンパンマン」に込めた思い

 やなせさんが「アンパンマン」を通して伝えたかったメッセージとして、「逆転しない正義」がある。絵本「あんぱんまん」のあとがきで「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えません」とつづっている。

 戦争を通して、飢えや身近な人の死を経験したやなせさんは、食べるものがないことの苦しさや、いとも簡単に逆転してしまう正義を目の当たりにし、「逆転しない正義というのは、自分が犠牲になってもひもじい人に食べ物を分けてあげること」と考えたという。

 近藤さんは「アンパンマンの絵本には、顔をちぎって自分が傷ついても人を助けるという、やなせ先生の思いがとてもストレートに体現されています。また、戦死された弟さんへの思いを『やなせたかし おとうとものがたり』という詩集でもつづられていますが、戦争での体験や弟さんの死はアンパンマンの絵本をはじめ、先生のいろいろな作品に色濃く影響を与えていると思います」と説明する。

 ◇編集者が語る「アンパンマン」の魅力

 そんなアンパンマンの魅力について尋ねると、上総さんは「『こまったときは、いつでもぼくをよんでね』というアンパンマンのせりふが印象に残っています。子供たちにとって、アンパンマンは必ず助けてくれる絶対に裏切らないヒーロー。やなせ先生ご自身もアンパンマンのような方で、『困った時のやなせさん』と呼ばれていました。アンパンマンの絶対に裏切らない逆転しない姿や安心感が、多くの人に愛される理由なのではと思っています」と話す。

 小池さんは「もともとアンパンマンの世界にばいきんまんはいなかったのですが、食品だから敵といえばバイ菌ということでばいきんまんが生まれました」と明かし、「菌は人間にも必要だし、パンを作るときにも欠かせないし、なくなったら困るもの。だから、アンパンマンとばいきんまんの戦いは、やっつけられても必ず戻ってくるんです。バランスを保ちながら永遠に続くことが大事なんだと先生はおっしゃっていて、それがすごく面白いなと思いました。先生は環境破壊などの問題を作品に取り入れることもあり、あとがきを読むと『そういうことなんだ』とより深く物語を知ることができますし、すごく深いことを考えて描かれていたんだなと驚きます」としみじみ語る。

 最後に、近藤さんは「フレーベル館の入り口の前にアンパンマンの銅像があるのですが、会社が移転する時に先生がくださったものなんです。仕事をしていると、その銅像を見た子供たちの『アンパンマンだ!』と喜ぶ声が聞こえてきて、本当に愛されているんだなぁと感じます。朝ドラ『あんぱん』でもいいし、先生の伝記でもいいので、先生のことを知ってからアンパンマンの絵本を読むと、これまでとはまた違った形で見えてくるものがありますし、いろいろな味わい方ができると思います」とメッセージを送った。

 やなせさんが描く絵本「アンパンマン」の世界。朝ドラ「あんぱん」を見ることで、これまでは気づかなかった奥深い魅力を感じられるかもしれない。

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