スマートフォンの位置情報をもとに陣取り合戦を繰り広げるゲーム「Ingress(イングレス)」が、地方自治体関係者の間で注目を集めている。岩手県では「岩手県庁Ingress活用研究会」が発足したり、神奈川県横須賀市で開かれたイベントには2000人以上が集結したりと、地域活性化の“切り札”と目されている。スマホ片手に現実世界で繰り広げられるリアルゲームの未来についてイングレスを手掛けるNiantic(ナイアンティック社)に聞いた。
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ナイアンティック社は2015年8月に設立したベンチャー企業で、社長のジョン・ハンケさんは元グーグルの副社長だ。ハンケさんは、グーグルアースなどを手掛け、その過程で「グーグルアースでゲームをしたら面白い」という冗談めいた雑談をする中で起業を考えるようになった。だがグーグル創設者の一人ラリー・ペイジさんからの社内にとどまってほしいという要望を受け、社内ラボとして誕生した……というわけだ。同社が出した最初のアプリは、町の魅力を発見・紹介するアプリ「Field Trip」で、それを進化する形で生まれたのがゲームアプリ「イングレス」だった。両アプリとも「発見の楽しさ」「外へ出て動く」というコンセプトは似通っている。
ナイアンティック社は、グーグルの中で独立した取り組みを許され、グーグルのインフラを活用して成長する。ハンケさんは元々、ゲーム好きで、プログラムもできたことから、イングレスのプロトタイプの初期バージョンも自身で作成したほどだ。ハンケさん以外にも、グーグルのCTO(最高技術責任者)、グーグルマップやグーグルアースのエンジニア、ホリデーロゴ(グーグルが何らかの記念日に掲載する特別なロゴ)のデザイナーなどが参加している。グーグルでも数人レベルでの独立はあるが、これだけの規模のスピンアウトは特例中の特例。またナイアンティック社にポケモン、グーグル、任天堂の3社が計3000万ドル(36億6000万円)を投資したことも、期待の表れといえる。
イングレスは、二つの陣営に分かれて、実際の町を歩き回り、各地にあるマーク「ポータル」を占領、「フィールド」(占領エリア)を広げていく陣取り合戦ゲームだ。ゲーム名は英語で「侵入」を意味し、別世界から人類に信号を送っている……という設定だ。それを受け入れる側の緑色の陣営が「エンライテンド」、抵抗する青色の陣営が「レジスタンス」で、ポータルを占領し、それらをつなげたフィールドを広げていく。だが1人の力では限界があり、多くの協力者がゲーム攻略のカギとなる。
イングレスの人気の高さを証明する例として、ポータルの場所がある。ポータルはゲームの参加者「エージェント」が実際に行って申請する必要があるが、一般人が行けない南極や硫黄島にもある。同地に入れる人がイングレスの愛好者という証しだ。さらに陣取り合戦で、中国・青島市とグアム、日本の襟裳岬を結んで日本全体が緑のフィールドでほぼ全部覆われ、プレーヤーの間では大きな話題になったことがある。さらにライバル陣営がそれを崩すのだが、冬の北海道にもかかわらず、車でも行き着けない場所にある襟裳岬のポータルを、雪の上をかんじきを履いて歩き、たどり着いた人もいるというから驚きだ。
イングレスの特色は、エージェントの行動力の広さにある。ナイアンティック社のアジア統括本部長・川島優志さんは「イングレスは当初、周囲の友達と遊ぶことを想定していたが、実際には会ったことのない人と出会いたいという声が多かった」と明かす。要望を受けて2014年5月に開いた宮城県石巻市の公式イベントの参加者は約80人だったが、その後急拡大。同年12月に東京で開いたイベントには5000人、2015年12月に那覇市で開かれたイベントには約3000人以上が集まった。
そして、このエージェントの行動力に目をつけたのが自治体だ。岩手県は2014年からイングレスの活用を始めた。東京都中野区、神奈川県横須賀市、徳島県などでも、次々と企画をスタートさせている。川島さんは「ローカルのエージェントと役所が連携すると成功する傾向にある。そして従来の町おこしは人を呼ぶ点にばかり力を入れていました。エージェントは各地に行くので、自治体同士でウイン・ウインの関係になれる」と話す。
エージェントたちの中にはイングレスをしながら自警団として活動することを申し出たケースもあり、世界的には、イングレスをしながら献血を呼びかける活動などもある。これらはすべて自発的な動きだというから驚かされる。川島さんは「ハンケが『世界を良くするには、人が外にでれば良い』と言っていますが、イングレスを見てもらえれば良い変化が起きていることが分かってもらえると思います」と胸を張る。
ナイアンティック社の描くイングレスのビジネスモデルは三つある。一つは、イングレスで培ったデータを活用し、プラットフォームとする考え方だ。9月に発表されて注目を集めたゲームアプリ「PoKeMoN GO」(2016年サービス開始)がその一環だ。二つ目は、人の流れを利用したスポンサーモデルだ。イングレスのスポンサーにはこれまで、ローソンやソフトバンク、大日本印刷、三菱東京UFJ銀行などそうそうたる企業が名を連ねている。三つ目は2015年11月にスタートしたばかりのアイテム課金だ。川島さんは「金持ちがゲームに勝つ『pay for win』にはしない。便利になったり、コミュニケーションを促進するように仕向ける。ゲームバランスは崩さないよう最新の注意を払っているし、今のところはうまくいっている」と話す。
特に、プラットフォームの第1弾となる「PoKeMoN GO」の期待は大きい。川島さんは「イングレスの良さをもっと知ってほしいが、イングレスの世界観に届かないユーザーがいる。そこを『PoKeMoN GO』でカバーしたい。(イングレスのプラットフォームは)女性向け、教育向けアプリとしても可能性があると思っている」と期待を寄せる。
また川島さんは「(任天堂の故・)岩田聡さんとハンケがミーティングをしたとき、ハンケが『多くの年代の人が、人種の垣根、性別、文化、宗教を超えて歩め、楽しめることをしたい』と話すと、岩田さんが共感してくれた」というエピソードを明かした。任天堂はその共感を出資という目に見える形で示した。イングレスはポケモン以外にも世界、日本の企業から既に引き合いがあるといい、今後の展開にも注目が集まりそうだ。
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