君の名は。:SNS世代に受けた理由と新海監督の作家性

劇場版アニメ「君の名は。」のビジュアル (C)2016「君の名は。」製作委員会
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劇場版アニメ「君の名は。」のビジュアル (C)2016「君の名は。」製作委員会

 ジブリ作品以外の国内アニメでは、初の100億円突破を果たした新海誠監督の劇場版アニメ「君の名は。」。関係者の誰もが予想していなかった快進撃の理由を、週に約100本(再放送含む)のアニメを視聴する“オタレント”の小新井涼さんが独自の視点で分析する。

ウナギノボリ

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 「君の名は。」が、ついに興行収入100億円を突破しました。ここまでくると、もはや話題を通り越して一種の社会現象です(なぜか私まで、これを打つ手に鳥肌が……)。それだけ多くの人々が「心をつかまれる瞬間」、「リピート鑑賞してしまう理由」とは一体何なのか。そこからこの作品の、ある特徴が浮かび上がってきました。

 今作において最も「心をつかまれる瞬間」。そのトリガーは、2人の主人公・瀧と三葉の入れ替わりが途切れることにあります。つい最近まで、スマホの日記を通してやりとりしていた相手とのつながりが、いとも簡単に断絶される。それは私たちにも身近な、“消えたら終わり”のネット上でのつながりと似ています。

 どんなに仲良くしていても、SNSのアカウントが消えればもう会えることはなく、徐々にその存在すら忘れてゆき、「自分の妄想だったのでは」とすら思った時にそれを否定する痕跡も残っていません。身に覚えのあるその喪失感は、三葉への心配、会いに向かう瀧へのシンパシー、たどり着いた真実の衝撃を増幅させ、私たちをより一層、物語へと引き込んでゆくのです。

 ネット上のつながりといえば、SNSで今作を検索するとリピート鑑賞する人の投稿もかなり目立ちます。中でも気になったのは、Twitterや、普段アニメをあまり見ない人の感想に多い「難しかったからまた見る!」というものでした。

 くわしく聞いてみると、どうやら青春映画だと思って見た人には、物語の重要なポイントとなる「●●●●●●」になじみがなかったようなのです。

 アニメ好きにとっては、ひとつのジャンルとしても確立しているほど慣れ親しんだ要素だったので、これは意外な盲点でもありました。しかし、たとえ一度で分からなくても、理解したいからと複数回視聴させてしまうほどの作品の求心力……。これはかつて「一度見ただけでは分からない」と言われていた「千と千尋の神隠し」や「もののけ姫」をほうふつとさせます。そう考えると、原作小説が合わせて売れているのは「分からなかった部分の補完」という理由もありそうですね。

 これらの要素から、今作の特徴として「普段アニメを見ないSNS世代との親和性の高さ」が照らし出されてきます。もちろん、空気まで見えてくるような美しい映像や、絶妙にマッチした人気アーティストのRADWIMPSによる主題歌と劇伴、アニメファンも驚く豪華スタッフ等……。確かに、誰が見てもどこかに必ず“好き”がある、まさに“ベスト盤”だといえるでしょう。ですが、100億円もの大台となると、もはや個々の要因だけでヒットの理由は説明しきれません。

 ただやっぱり、「これだけ人気なんだから見ておかなきゃ!」「みんなが面白いというのだから理解しなきゃ!」というある種の“同調圧力”を社会現象の域まで持ってきた口コミの力が大きいことは間違いないでしょう。

 そしてそんな口コミの力の裏側には、それを発信し、情報源とする「普段アニメを見ないSNS世代」の存在があったのではないでしょうか。試しにTwitterで「君の名は。」を検索すると、アイコンに、アニメ絵ではなくプリクラ画像が多いことに気づきます。同じく今年ヒットした「シン・ゴジラ」や「ズートピア」などと比べても、やはりこの作品は「普段アニメを見ないSNS世代」が広く拡散しているようです。

 そうして今作が広い層に受けいれられた一方、良くも悪くも「これまでの新海監督らしからぬエンタメ映画」という評価も耳にします。

 そこに関しては、これまで新海監督と何度もお仕事をご一緒したこともあるアニメ研究家の氷川竜介さんと今作についてお話ししていた中で、ひとつの見解を伺うことができました。

 「(恋愛描写に少し癖のある歴代作品の印象から)『監督はこじらせているのでは?』という意見が多いですが、本人は意外とナチュラル。アニメが大衆芸術である自覚もあり、なによりも大勢の人に自分の作品を見てもらいたいと思っているはず」と氷川さんは分析。つまり、元々監督は幅広い層に向けた作品作りに意欲があり、作風は変われど、今回も本人が今最も作りたい作品であったということなのではないでしょうか。

 となると今作は、「新海監督らしからぬ作品」というよりは、「新海監督はこれまでのような作品も作れれば、こんなエンタメ作品も作れる」という方が、正しい認識なのかもしれません。

 ともあれ、目標とした幅広い層に向けた劇場アニメ、その最高峰たる宮崎駿監督に続く興収100億円突破。そして今までアニメになじみのなかった層の流入により、早くも続く「聲(こえ)の形」が同じ世代の間で話題になっています。

 アニメ界、ひいては世間までもが影響を受けはじめている……。その意味でも「君の名は。」は、もはや作品という枠を飛び越し、2016年を代表するひとつの社会現象となったと言えるでしょう。

 ◇プロフィル

 こあらい・りょう=埼玉県生まれ、明治大学情報コミュニケーション学部卒。アニメ好きのオタクなタレント「オタレント」として活動し、ニコニコ生放送「岩崎夏海のハックルテレビ」やユーストリーム「あにみー」などに出演する傍ら、毎週約100本(再放送含む)のアニメを見て、全番組の感想をブログに掲載する活動を約2年前から継続。「埼玉県アニメの聖地化プロジェクト会議」のアドバイザーなども務めており、社会学の観点からアニメについて考察、研究している。

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