手塚治虫さんが連載に10年を費やした大作マンガ「ブッダ」が、5年の製作期間をかけて3部作の劇場版長編アニメ「手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しく」として完成し、5月28日に第1部が封切られた。主人公のシッダールタ役を担当した吉岡秀隆さんをはじめ、吉永小百合さんや堺雅人さんを起用するなど声優陣も豪華だ。ブッダという宗教人を扱うだけに、「いかにエンターテインメント性を持たせるか」に腐心したという森下孝三監督に、作品に懸けた思いなどを聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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今からおよそ2500年前、インドの中の一国、シャカ国の王子として生まれたゴータマ・シッダールタは、厳しい階級社会に疑問を抱き出家する。その後、悟りを開き「目覚めた人」を意味する“仏陀”を名乗り、仏教の開祖としてその教えを広めていった。彼の生涯を描いた手塚さんのマンガは、これまでに2000万部を超える売り上げを記録し、映画はそれを3部作にまとめた。第1部の今作はシッダールタが出家するまでを描いている。
森下監督は開口一番、「中学生や高校生といった、感性がニュートラルな人たちに見てもらいたい」と訴えた。その意気込みは「宗教やお釈迦様(ブッダのこと)に理解のある人に向けるのではなく、そういうことを知らない人こそが、仏教の成り立ちやお釈迦様が王子であったことなどに興味を持ってもらえるように作った」という仕上がりの自信に裏打ちされている。その上で「これは、人間の命と死についての物語。人間には乗り越えなければならない壁があり、それを乗り越えてもまた壁がある。その先にあるのは死。つまり人間は、もがきながら死に向かって進んでいる。しかし、その裏にはいいことや楽しいことがある。そういうことを手塚先生は分かりやすく描いていらっしゃった」と、だからこその原作ファンの期待を裏切らない映画化の難しさを打ち明ける。
CGアニメ全盛の中で、この作品は“手描き”によるアニメ作品だ。森下監督いわく、「CGアニメは、いいソフトと素材があれば、それなりのものは作れるが、手描きアニメはそうはいかない。背景でもキャラクターでも動画でも、技術を積まなければ作れない」。その技術を積んだ者が減っている状況で、あえて手描きにしたのは、それが「アートだから」というシンプルな理由だ。「テレビアニメの『フランダースの犬』が何度見ても泣けるのは手描きだから。理屈は分からないが、アートだから古さを忘れる。それが、ストーリー性に対する日本人独特の感性」と分析する。
今作には、シッダールタのほかに、もう1人重要なキャラクターが出てくる。それは、シャカ国に攻め入るコーサラ国軍の将軍の息子チャプラだ。原作マンガでは出会わない2人だが、映画では相まみえる場面をあえて作った。それも「エンターテインメント性を追求した」ためだ。冒頭の、1人の僧侶のためにウサギが犠牲になるエピソードにもこだわった。「インパクトのあるものをファーストシーンで見せ、その後は宗教的な表現を捨て、普通の若者と変わらない青年の日常を描いていった。しかし、冒頭が衝撃的だから、ラストで山を登っていくシッダールタを見て、観客は、もしかしたらあのウサギの生まれ変わりかもしれないと、ふと思う」という効果を狙ったのだという。
そうした演出が功を奏し、仏教の成り立ちを描いていても宗教色は薄い作品に仕上がった。とはいえ、宗教映画という先入観を持つ人はいるだろう。森下監督も「感動できるエンターテインメント作になっているはずだが、デートムービーに選ぶと女の子は嫌がりそう」と笑う。だが「実際見てみると、女の子の方が泣けるはず。これは、チャプラの母と、(シッダールタの初恋の相手で盗賊の)ミゲーラ、そして、(シッダールタの妻となる)ヤショーダラ姫、この3人の女性の悲劇のドラマでもあるのです」とアピールした。
森下監督はこれまで、テレビアニメの「聖闘士星矢」シリーズや「ドラゴンボール」といったアクションものの監督やプロデューサーを務めてきた。今回はヒューマンドラマの色彩が濃いが、監督は「アクション監督は、ヒューマンドラマが描けないと務まらない。肝心なのは“ため”」と話す。「『ドラゴンボール』の“元気玉”は、撃つまでに3カ月も引っ張った。その間をドラマチックに描いているから、その後のアクションが生きた。今回の『ブッダ』もそう。シッダールタとチャプラの一騎打ちまでに2人にいろんなことをやらせている。だから決戦シーンが生きる」と“演出の妙”を披露した。
第2部の展開は「模索中」という。というのも「2は1の続きのように見えるが、だからといって安易に作ってしまうと今回と同じになってしまう。3部作といえども、それぞれで観客に満足してもらえる終わり方にしなければならない。とりわけ2部は、完結編となる第3部につなげていかなければならない」とその製作の難しさを口にする。
さらに森下監督は東日本大震災と福島第1原子力発電所の事故に心を痛めている。「被災地の方々は大変つらいでしょうけれど、それを乗り越えていってほしい」とエールを送る。その上で、映画の終盤に、吉永さんの声によって仏教の教えの一つである「生老病死」について語られるナレーションを引き合いに出し、「この作品は、そのせりふに向かって作ったようなもの」と明かす。そして、「生きとし生けるものに、死は必ず訪れます。そうしたことを、一般の人々は普段意識しませんが、せめてこの(映画を見る)空間では意識してもらいたい」とメッセージを送った。
<プロフィル>
1948年生まれ。70年、東映動画(現東映アニメーション)製作部に入社。73年よりテレビシリーズ「キューティーハニー」の演出を手掛け、その後、数々の作品の監督を務める。88年企画部に異動してからはプロデューサーとして活動。手掛けた作品は、テレビアニメで「聖闘士星矢」(86~88年)、「ドラゴンボール」シリーズ(88~97年)、「Dr.スランプ」(97~99年)など。劇場版アニメは「トランスフォーマー ザ・ムービー」(86年)、「聖闘士星矢」(87年)、「ドラゴンボールZ」14作品(89~94年)、「デビルマン」(04年)など。現在、東映アニメーション取締役副社長。初めてハマった日本のポップカルチャーは、「石原裕次郎や赤木圭一郎の日活映画。当時はテレビがない代わりに、映画館はどこの町にもあった。毎週2本立てで変わっていくのをよく見に行きました」。
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