昨年6月、小惑星探査機「はやぶさ」が帰還した。03年5月、小惑星「イトカワ」に向け発射されたはやぶさは、機械の故障など度重なるピンチに見舞われながらも7年に及ぶ約60億キロメートルの長旅を終え、地球に戻ってきた。その奇跡ともいえる出来事が、はやぶさの打ち上げにかかわった宇宙科学研究所(現JAXA=宇宙航空研究開発機構)の全面協力のもと実写映画化され、「はやぶさ/HAYABUSA」として全国で公開されている。メガホンをとったのは映画「20世紀少年」シリーズの堤幸彦監督。「いままでにないほど難易度の高い作品だった」という堤監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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「どうして僕のような、科学には一番縁のなさそうな人間を監督に?と思いましたよ」と堤監督はオファーされたときの気持ちを率直に語った。子どものころから「常識的な範囲で宇宙なり、天体なりに興味は持っていた」とはいえ、それだけでは、国民みんなが知っているはやぶさにまつわる映画と向き合う覚悟は作れない。堤監督を突き動かしたものは「学者という生き方」への興味だった。
「こんな僕にでも、客員教授のようなことをやってくれという殊勝な大学がありましてね。そこから大学教授というのにはどうしたらなれるのか。何が資格なんだろうと考えるようになったんです。もちろん、研究対象とがっちり向き合って論文を書き続けることだということは知っていました。それを確認しているような時期にこのお話をいただいたのです」と明かす。なるほど、竹内結子さん演じる主人公の水沢恵は「博士号を取れるかどうかというポジションにいる人」。堤監督にメガホンをとらせる“もう一押し”になった。
監督を引き受けるにあたっては、共同脚本家の1人、井上潔プロデューサーに、難解な科学技術用語をあえて増やすようオーダーした。「そこは逃げずにやったほうがいいと思った」からだ。だがそうすると、当然せりふは難解になる。ある程度の用語説明はテロップで流せても、四六時中それを読まされたのでは、観客は話に集中できないし、「われわれ常人には及び知れぬ学力、科学力をお持ちの方々をダイレクトに描いてもさすがにつらい」と感じた。
そこで考えたのが、水沢に「われわれとはやぶさチームをつなぐ橋渡し的存在」になってもらうことだった。水沢は博士号を目指すかたわら宇宙科学研究所のスタッフとして「はやぶさ」の運用や広報の仕事に携わっているという設定だ。この水沢は架空の人物だが、それ以外は実在の人物の「完全コピー」を狙った。西田敏行さんふんする的場泰弘・対外協力室室長はじめ、佐野史郎さんふんする川渕幸一・はやぶさプロジェクトマネジャー、さらに他のメンバーにもモデルが存在する。「この作品の主人公は、はやぶさであると同時に学者です。彼らの生きざまを尊敬し、大事にすることから始める必要がありました。そのためにも、彼らがどんなスタイルをし、どんなものを持ち、何を食べているのか、それらをきちんと作品にしたいと思ったのです」と話す。
「リアルに徹した」のは、宇宙の描写もだ。例えば、宇宙空間に音は存在しない。だから、私たちがイメージとして持っている「ゴーッといいながら宇宙船が飛んでいくという子供じみたことは今回はやめた」と堤監督は言う。そのため、はやぶさやイトカワはもとより、宇宙空間のCG映像がワンブロック仕上がるたびに、それを専門家に見てもらい意見をもらった。あるとき、はやぶさは垂直移動しかできないにもかかわらず、堤監督が「右、左くらいは行けるだろう」と思い込みで作ったばかりにやり直しになったことがあった。そのときにはさすがに「驚天動地。そういう基本的なところから考え方を改めないとダメだということが何度もありました」と打ち明ける。
「ドラマは映画っぽく、映画はカジュアルに(撮る)」が持論だ。だが、今回改めて出来上がった作品を振り返り、「映画は映画っぽく、でした。カジュアルにはいきませんでした」と、苦笑しながら難易度の高さを認める。それでもそれらを乗り越えられたのは、「井上さんを筆頭に、マニア魂を喜ばせるに値する細かい調査力を持った人々が結集してくれたから。チーム力のたまものです」とメンバーをたたえる。そして、はやぶさチームに視線を移し、「みんなでワイワイやりながらプロジェクトを進めるという、『はやぶさ民主主義』みたいなものが、この中には生き生きとあって、だからこそ危機を乗り越えられたと僕は思っているんです。それはやっぱり、国家プロジェクトとして宇宙開発をしている米国やロシア、中国、欧州にはありえないこと。個人的な想像ですけどね。でも、それを色濃く出せたなら成功だと、今は思っています」と自信を見せる。
このあと、はやぶさをテーマにした映画が2本続く。12年2月公開の渡辺謙さん主演「はやぶさ 遥かなる帰還」(瀧本智行監督)と、12年3月公開の藤原竜也さん主演「おかえり、はやぶさ」(本木克英監督)だ。(ドキュメンタリーを除いて)トップバッターで封切られることを堤監督は素直に喜んでいる。「いろんな作品にこれまで携わらせていただいて、自分なりの撮影システム……早く、質も高く作るというものを開発してきました。この作品は、それを試すいい機会でした。ですから、僕にとっては一番先に封切られることに価値があるのです」とし、「トップバッターなのでぜひご覧いただいて、これはある種『はやぶさ祭』ということで、全作ご覧いただければ」と笑顔でしめくくった。
<プロフィル>
1955年愛知県生まれ。音楽番組やバラエティー番組のディレクターとしてキャリアをスタートさせる。88年、オムニバス映画「バカヤロー! 私、怒ってます」の1編「英語がなんだ」で監督デビュー。その一方で、テレビドラマ「金田一少年の事件簿」(95~96年)、「ケイゾク」(99年)、「池袋ウエストゲートパーク」「トリック」(ともに00年)、「SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~」(10年)などを演出。映画も数多く手掛け、主な作品に「トリック劇場版」シリーズ(02~10年)、「明日の記憶」(06年)、「20世紀少年」シリーズ(08~09年)などがある。初めてハマったポップカルチャーは、小学校のときにテレビで見た米国の音楽バラエティー番組「ザ・モンキーズ・ショー」(66~68年)だという。
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