シンガー・ソングライターのさだまさしさんの同名小説(幻冬舎文庫)を映画化し、8月に開催されたモントリオール世界映画祭では、「革新的で質の高い作品」に贈られるイノベーションアワードに輝いた映画「アントキノイノチ」が公開中だ。過去の出来事からそれぞれに心に傷を負った岡田将生さんふんする永島杏平と、榮倉奈々さんふんする久保田ゆきが、亡くなった人の遺品整理という仕事を通じて、未来に踏み出す勇気を持つまでを描いたヒューマン作だ。前作「ヘヴンズ ストーリー」で、ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞などを受賞した瀬々敬久監督が手がけた。「ヘヴンズ ストーリー」から続く、生と死、当事者性といったテーマを、今作の撮影中、東日本大震災に遭遇したことで、より強く意識するようになったという。瀬々監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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杏平とゆきが就く遺品整理業の仕事は、原作の言葉を借りるなら、「亡くなった方のお部屋のあと片付け」「仏さんの忘れ物の天国への引っ越し屋さん」ということになる。決して華やかではない、むしろ地味で深刻な現場で働く若者の役に、売れっ子の岡田将生さんと榮倉奈々さんがふんするというのには、正直違和感がある。そのことを瀬々監督にぶつけると、「僕は違和感なかった」とあっさり否定された。もともと瀬々監督には、「俳優が、その役になりきることなんて絶対ありえない。役には、演じる人の地の部分が、いい意味で出てくる」という持論がある。だから今回も、観客が目にするのは岡田さんや榮倉さんが「演じている役」であって、監督自身は2人の「ドキュメンタリーを撮るぐらいのつもりで作った」と話す。
その上でこだわったことは「人間の両面性を出す」ということ。例えば、岡田さんが演じる杏平は、高校時代、松坂桃李さん演じる松井新太郎という生徒から陰湿ないじめを受けていた被害者だった。一方、加害者である松井もまた、「彼自身の弱さがいじめに変わっていったという意味では、被害者でもある」。つまり人間とは「善と悪の両面を持って」おり、それは生と死についても同様で「死があるから生の意味が分かる」「生が輝いているから死が怖い」のだと瀬々監督は考えている。だから、岡田さんをはじめとする高校生役の俳優たちには「弱い部分もあるからいじめる側に立つ。みんなどこかおかしい、それがこの映画で描く高校生の社会なんだ」と説き、その上で、善と悪、生と死は、「単純な目線では割り切れない、両義的なものである」ことを意識させるよう演出していったという。
そういえば、前作「ヘヴンズ ストーリー」でも瀬々監督は人間の善悪や生死についてを描いていた。監督によると「ヘヴンズ ストーリー」から続いていることとして、「渦中で撮るということ」、つまり「物事を観察する側ではなく、中に入り込んで撮るという当事者性」が挙げられるという。「今回は、無縁社会や孤独死といったことを取り扱っていますが、そういう社会の中に自分たちはもはやいるんだということを、映画のスタイルとして伝えたかったんです」。その思いは、それまでは、中国やインドネシアでの震災をニュースなどで見聞きしていた傍観者の立場だったものから、今作の撮影中に日本も大震災に見舞われたことで一層強まったという。
当事者性を意識したことは、映画でのゆきの設定でもよく分かる。小説では杏平の行きつけの居酒屋のアルバイトから、杏平の同僚に変えていることからもその意図がうかがえる。「小説のゆきちゃんは、杏平を見守る立場にいる。一方の映画では、彼女も(遺品整理という)その場にいて杏平と一緒に仕事をし、愛情を育んでいく。それは同じ痛みを共有するということでもあり、それによって『渦中感』がより強まると思ったのです」とその理由を述べる。
さらにもう一つ、「当事者性」を浮き彫りにするために変えた部分がある。それは、終盤からラストにかけての展開だ。「この映画は、生き残ってしまった者が、その痛みからどうやって再生していくかという話。だから、生き残ってしまったという痛みを抱えられることが、一番いいと思える設定に変えました」と明かす。
10月に開催された釜山国際映画祭や、モントリオール世界映画祭では、観客の中に、「自分も亡くなった人の遺品を片付けたことがある」という人がいたり、米国から来た客からは「米国にもいじめはたくさんある。ここでの高校生の姿は米国にとってもリアルだ」と聞かされたという。その点では「日本の現実を描いてはいますが、どこの国の人が見ても伝わるようになったのでしょう」と胸を張る。その監督に、日本の観客へのメッセージを求めると、しばらく考えこんだ上で「きれいごとはたくさん言えますが、それを言うとうそっぽくなるから」とした上で、「たくさんの人に見てほしい、それだけです」とシンプルなコメントを寄せた。その控えめな言葉に、瀬々監督の謙虚な人柄がうかがえた。
<プロフィル>
1960年大分県出身。京都大学文学部哲学科在学中に「ギャングよ 向こうは晴れているか」を自主製作し注目を集める。大学卒業後、86年に獅子プロダクションに所属し、助監督をへて、89年、ジャパゆきさんを題材に取り込んだ「課外授業 暴行」で商業映画監督デビュー。その後も、湾岸戦争など時代性に富んだ作品を作り、一方で「MOON CHILD」(03年)や「フライング☆ラビッツ」(08年)、「感染列島」(09年)といった娯楽作や、ドキュメンタリー、テレビ番組などさまざまな作品を手掛ける。10年公開の「ヘヴンズ ストーリー」は、ベルリン国際映画祭での国際批評家連盟賞とNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を獲得した。初めてはまったポップカルチャーは、ちばてつやさんのマンガ「あしたのジョー」。
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