阿部寛:「カラスの親指」主演 30代後半から演技を模索「恥をかきながら自分をどんどん鍛えた」

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 直木賞作家、道尾秀介さんのミステリー小説を映画化した「カラスの親指」が23日に全国で公開された。悲しい過去を背負い、詐欺師になった2人の男。そこに3人の若者が加わり、自分たちをおとしめようとする敵に対して、一世一代の大勝負に打って出る……。映像化不可能といわれてきた物語の映画化に挑んだのは、今作が監督2作目となる伊藤匡史さん。脚本も伊藤さんが手掛けた。主人公の2人の詐欺師を演じるのが、阿部寛さんと村上ショージさんだ。阿部さんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 開口一番、阿部さんは「村上ショージさんという、俳優を本職としていない(お笑い)芸人の方と、作品を面白くするためにいいコンビを組めるか、それが今回の挑戦でした」と語る。「ショージさんの、しゃべりの仕事で苦労してきた背中とか、人間性とか、そういうものがテツという役に合っていたんです。だから僕としては、そこに参加させてもらうという形で十分でした」と、演じ終えての感想を述べる。

 阿部さんが演じるのは、かつてはごく普通のサラリーマンだったが、阿部さんいわく「これだけの悲劇に遭ったらもう立ち直れない」ほどの体験をし、詐欺師に身を転じた通称タケこと武沢竹夫役だ。彼は、やはりワケありの、通称テツこと新米詐欺師の入川鉄巳とコンビを組み、“詐欺稼業”に精を出している。テツを演じているのが村上さんだ。

 詐欺はもちろん悪事だ。しかし、阿部さんとしては、演じるタケの「あれだけの悲劇に遭いながら、それでもギアを変えて生きていこうとする姿、道を踏みはずしてしまうけれど、それでも一生懸命生きる強さみたいなものを持っているところ」がすごく好きだと語る。

 苦労したシーンは、終盤での場面を挙げた。それは「衝撃のラスト」といわれる、今作のキモの部分だ。ここで観客は、作品そのものが持つ「衝撃のウラ」に気づくのだが、「せりふはほとんどないんですが、その場面がすべてを背負っている。表情だけで(感情を)出していくのは難しかったですね」としみじみ語る。

 撮影現場では、伊藤監督のこだわりを痛感した。伊藤監督は「テーク数が尋常でないくらい多かった」。ラストの、タケがたばこを吸う場面では、たばこの煙のタイミングが合わず、20テークも重ねたという。しかし、そうした監督の態度は「作品に対する愛情」にほかならず、また、「役者の演技をよく見ている」ことにもつながり、結果として、「(キャラクターの)人間くささを、今まで自分がやってきたどの作品よりも、強く出せた気がします」と伊藤監督への謝意を示した。

 ちなみに、自分の芝居が気に入らず、阿部さんの方から監督に撮り直しを願い出たことは「なかったですよ。ショージさんが笑い話として作っていっているけど」と否定。むしろ、「監督、もう1回といっていたのはショージさん。芸歴が長い方だから、チャンスは絶対つかむという気迫がすごい。この芝居に対するショージさんの責任感(の強さ)を感じました。まじめなショージさんを見ました」と、村上さんの知られざる一面を明かしていた。

 芝居が型にはまってしまったり、ある作品で成功すると、その栄光を引きずってしまったりという「役者のワナ」にははまりたくないと話す。そのために、「苦手とするものをどんどんやっていって、形にして、失敗もして」、そういう方法を、30代後半から模索しながらやってきた。最近も、シェークスピアの舞台劇に初めて挑んだ。「恥をかきながら、ある種、自分をどんどん鍛えていく」。それによって、「変な自信を持ってしまう自分を抑える」効果があるという。

 インタビュー中、石原さとみさん、能年玲奈さん、小柳友さんの若手3人の共演者について「(台)本読みのときからクオリティーが高かった。(村上さんと)オッサン2人で感心しながらも一歩引いていた」と冷や汗交じりに称賛しつつ、「今の若い子は、次は悪役をやりたいとか、こういう役をやろうとか、僕が35歳を過ぎて考えていたことを10代のころから考えているからすごい。でも、レベルが高過ぎて大変だろうな……」と年長者らしい気遣いも見せた。

 質問がプライベートにおよぶと、「その質問はやめましょう」と笑顔を浮かべながらきっぱりと切り返した。そのいい方は決して高圧的ではなく、“俳優としての阿部寛”と“素の阿部寛”をきっちり分けようとする姿勢がうかがえた。だからこそこれまで、刑事であろうと、物理学者であろうと、役人、はたまた古代ローマ人であろうと、阿部さんが演じる役は、一つとして同じではない。そして今作での詐欺師、武沢竹夫という役で阿部さんのまた違う表情が見られることは間違いない。映画は23日から全国で公開中。

 <プロフィル>

 1964年生まれ、神奈川県出身。大学在学中の83年にモデルデビューし、「メンズノンノ」の表紙を3年半にわたって飾る。87年、「はいからさんが通る」で映画デビュー。93年、つかこうへいさん作・演出の舞台「熱海殺人事件~モンテカルロ・イリュージョン~」で主演し話題になる。以来、映画では「トリック」シリーズ(02~10年)、「歩いても 歩いても」(08年)、「チーム・バチスタの栄光」(08年)、「麒麟の翼~劇場版・新参者~」(12年)、「テルマエ・ロマエ」(12年)などで主演。ドラマでは「結婚できない男」(06年)、「新参者」(10年)、放送中の「ゴーイング マイ ホーム」(12年)などがある。また舞台でも活躍しており、09年には蜷川幸雄さん演出の9時間に及ぶ作品「コースト・オブ・ユートピア」、12年にはシェークスピア劇「シンベリン」で主演した。

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