映画「007」シリーズの第22作目「007 慰めの報酬」(08年)のボンドガール役で知られるウクライナ出身の女優のオルガ・キュリレンコさんが、旧ソ連時代に起こったチェルノブイリ原発事故をテーマにした映画「故郷よ」(ミハル・ボガニム監督)でヒロインのアーニャを熱演している。これまで同事故を題材にしたドキュメンタリー映画は多く製作されているが、同作は立ち入り制限区域内で撮影された初めてのフィクション映画だ。「美し過ぎる」という理由でキュリレンコさんの起用を躊躇(ちゅうちょ)する監督に直訴し、オーディションを受けて主役を勝ち取ったというキュリレンコさんに同作への思いを聞いた。(毎日新聞デジタル)
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映画は、86年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故によって突然故郷を追われることになった人々の事故前後の日々と、その10年後を描く。チェルノブイリから約3キロ離れた町・プリピャチで結婚式を挙げ幸せの絶頂にいたアーニャだったが、式の途中、夫は突然“山火事の消火活動”に駆り出されてしまう。同じころ、原子力発電所の技師・アレクセイはいち早く事故の重大さに気づいたが人々に真相を告げることもできずにいた。その後、強制退去命令が下り人々は何も教えられないまま故郷を追われることになり……というストーリー。
キュリレンコさんは16歳でパリでモデルデビューし、その後ニューヨークで演技を勉強。小川洋子さん原作の仏映画「薬指の標本」(05年)で映画初出演を果たした。その後、オムニバス映画「パリ、ジュテーム」(06年)に出演するなど演技を磨き、08年の「007 慰めの報酬」のボンドガールに抜てきされる。ベン・アフレックさんとの共演作「To the Wonder」(テレンス・マリック監督)、トム・クルーズさんとの共演作「オブリビオン」(ジョセフ・コシンスキー監督)など大作映画の公開が控え、今後の活躍が期待される女優の一人だ。
キュリレンコさんが同作への出演を熱望したのは、ボガニム監督の脚本を読んで「詩的な脚本に魅了されて、役にほれこんだ」という理由のほかに、祖国・ウクライナへの思いもあった。チェルノブイリ原発事故が起こった当時、キュリレンコさんは6歳だった。「私は小さかったけれど(原発事故が)ニュースになっていたことは覚えていた。だからとても親近感を抱きました。私が抱いている思いを、役を通して作品に投影できると思った。それに祖国への大きな貢献にもなる。今まで祖国で仕事をしたことがなかったから、なおさらね」と明かす。
当初、ボガニム監督はキュリレンコさんの起用を「美し過ぎる」という理由で躊躇したという。「彼女は私にとても興味を抱いてくれて、決して断られたわけではない。ただしオーディションは行わないといけないといわれました。そういわれて正直驚いた。製作側からオファーがくることに慣れてしまっていたから。でも『あなたがオーディションをしたいのなら、もちろんする』と答えたわ」と振り返る。選考の結果、見事アーニャの役を勝ち取ったキュリレンコさんは、原発事故で結婚式当日に夫となる恋人を失い、いったんは避難したものの、故郷が忘れられず10年後もチェルノブイリのツアーガイドとして故郷にとどまり続ける女性・アーニャを体当たりで演じている。
「この作品は、私にとって特別なプロジェクトで、赤ん坊のようなもの」と話すキュリレンコさんは映画の資金集めにも積極的に協力した。「プロデューサーが私に電話をしてきて『この映画は無理だ。準備ができていないからね』といいました。だから私が自ら資金集めに奔走して、ウクライナで出資者を探し出し、残り半分の予算を手に入れた。そうして映画は実現したの。プロデューサーの仕事を初めて経験したけれど、すごく面白かったし、やっていて楽しかったわ」と映画実現に並々ならぬ情熱があったことを明かした。
「私はアーニャであり、この役を演じなければいけないと強く感じていた」というキュリレンコさんには「映画を作ることによって同じようなことが二度と起こらないように事故を防ぐこともできる」という思いがある。「何か悪いことがあって、怖かったり後悔するようなことが起こると、話し合わずに何も起こらなかったかのように振る舞う人もいるけれど、私はそれには反対。話し合って、実際に起きたことを人々に伝えなきゃダメ。同じ過ちや問題を将来繰り返さないためにも」と力を込める。
チェルノブイリ原発事故から25年後、日本でも福島第1原発事故という悲劇が繰り返されてしまった。福島での原発事故のニュースを聞き、キュリレンコさんは「たった数カ月前に撮影したような同じことが25年後の今、福島で起こってしまったということが本当に信じられなかった」という。「ウクライナでも被災者の方々がいろいろな悲劇に遭い、さらに今回の撮影で以前よりも原発の被害についての知識が深まった。福島の事故は非常に悲惨で悲しい出来事だと思っている。このような悲劇が起こってしまったときにできることはただ一つ、生きることしかできない。希望を失わないで、ひたすら前を向いて生きていって」と訴えた。
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