「Love Letter」(95年)や「リリイ・シュシュのすべて」(01年)といった作品で知られる岩井俊二監督の長編映画「ヴァンパイア」のブルーレイディスク(BD)とDVDが、20日にリリースされた。岩井監督にとって今作は「花とアリス」以来8年ぶりの長編作品で、監督のみならず、脚本、音楽、撮影、編集、プロデュースと、一人6役を務めた。また、同じ20日には、岩井監督の過去の3作品「undo」「PiCNiC<完全版>」「スワロウテイル」のBDが初リリースされた。「ヴァンパイア」とその3作品について、改めて岩井監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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映画「ヴァンパイア」の主人公は、血に魅せられ、自殺サイトに接触しては血の提供者を探す高校の科学の教師サイモン(ケヴィ・ゼガーズさん)だ。彼が一人の少女(アデレイド・クレメンスさん)を救ったことで、皮肉な運命にからめとられていく様子が、神秘的かつ美しい映像の中で展開していく。サイモンの教え子の1人を、蒼井優さんが演じているほか、映像に凝る岩井監督らしく、一眼レフカメラで撮影するなど新たな技巧にも挑戦している。
−−学生時代からバンパイア映画がお好きで、いつかプロとして撮りたいと思っていたそうですが、そもそも、バンパイア映画に憧れたきっかけはなんだったのでしょう。
子供時代、毎年のようにドラキュラの映画が公開されていて、当時は怖いと同時に、なんとも神秘的で美しいイメージがありました。その後も、ベルナー・ヘルツォークがムルナウの「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922年)をリメーク(78年の「ノスフェラトゥ」)したり、トニー・スコットの「ハンガー」(83年)が上映されたり、あるいはマンガ「ポーの一族」を読んだりして、そういう作品に、いいイメージを持ったのでしょうね。それに、もともとヴァンパイアにはクロニクル(年代記)的な話もあり、面白いフィールドだと思っていました。
−−今回の物語を思いついたきっかけは。
原形は、「リリイ・シュシュのすべて」(01年)の前ぐらいに思いつきました。でも、それが形になることはなかった。それから数年して、クライムサスペンスを考えていたときに、自殺サイトにやって来る殺人犯という設定で物語を書いたのですが、同じような事件が起きて挫折しました。その二つが、たまたまあるときにくっついて、あれよ、あれよという間に一つの作品になっていきました。それが4、5年前のことです。
−−物語の展開は、いつもどのように考えていくのですか。
物語が不自然にならないよう、できるだけ、現実に起こりうる力学で進めるよう心掛けています。その上で、自然な顛末(てんまつ)の中で、(登場人物を)どこに連れて行きたいか、その話のどこを飛躍させられるかということを考えます。例えば今回の作品では、主人公のサイモンと、彼と集団自殺で生き残った女性が森の中をさまよいますが、そこで、もしヒルに遭遇したら?と考えるんです。すると、ああいうスイートなシーンが作れる。逆に、最初にヒルに遭遇することを思いついて、そこに物語を引っ張っていくのは難しい。物語って、なかなかブレてくれない。一番太い幹から、あのようなファンタジックなシーンをどうやって作るかということには、普段から結構苦心します。
−−遭遇したのがヒルだったのは、血を吸う点で主人公と重なるからでしょうか。
重ねたというより、ヒルに遭遇することによって、偶然だけど、サイモンが女性の血を飲めるという状況が生まれる。しかも、(採血し保存された)ボトル越しにではなく、直接口を当てるという、非常にエロチックなところに連れて行かれるという皮肉ですね。普通の人が同じ行為をするのとは違い、彼の場合、それを楽しんでいるように見え、そこが面白い。その行為が結局、彼を一人の女性に執着させる方向に向かわせ、彼女も彼に心を許していくところにつながっていくという大事なシーンなので、ヒルを思いついたということは、物語上、意外とばかにならないんです。
−−主人公が、アルツハイマーの母親(アマンダ・プラマーさん)に着せていた拘束着は、風船がたくさんついたユニークな形をしていました。
風船を使って何かやりたいというアイデアは随分前からありましたが、なかなか物語にもって来られないアイテムの一つでした。それを最初に思いついたのは、風船おじさん(92年、男性が風船付きゴンドラで試験飛行をし、そのまま消息を絶った)の話を聞いたとき。そのとき映画にしてみたいと思いましたが、実現しませんでした。その後、「リリイ・シュシュのすべて」のときに、風船を小道具として使えないかと思ったのですが、やはりダメでした。「花とアリス」(04年)でひとまず、鉄腕アトムのバルーンに着地させたんですが、白くて丸いバルーンというのは、そのまま残っていました。
−−それが今回出てきたのですね。
最初に僕が拘束着として考えていたものは、壁に固定された、滑車などを使ったもう少し固い装置でした。でもそれだと、映画的には作れるんですが、科学の教師が作ったにしてはちょっとやり過ぎだと思ったんです。そんなときふと、風船があるじゃないかと。風船なら、体に優しいし、重たくもない。でも、いざ動くとなると空気圧のせいで非常に力がいる。そこで採用したんですが、僕が書いた原作の小説「ヴァンパイア」は、白いまゆから始まりますが、風船も丸くて白い。メタファーというか、主人公の空虚な心理状態を具象化した一つのシンボルになっていきました。
−−今回は、スチール用のカメラで撮影されたそうですね。
デジタル一眼レフカメラの動画機能を使って撮りました。「花とアリス」のときは、デジタルカメラのレンズのところにスチールカメラをくっ付けて、スチールカメラの画を再撮する形で撮っていました。それほどスチールカメラの方が、映画のフィルムよりスペックが上なんです。一眼レフカメラだと、最高でハイビジョンぐらいの解像度の動画が撮れ、フィルムより深みがある画にできたりするんです。
−−今回、「ヴァンパイア」のBDとDVDが発売されるに伴い、過去の3作品「undo」「PiCNiC」「スワロウテイル」もBD化されます。それぞれの見どころを。
「ヴァンパイア」のBDとDVDについては、実は普段僕らが作っている環境に限りなく近い状態といえます。作ったニュアンスの手触りが、ちょうど一番伝わりやすいサイズなんです。劇場で見ると、音は大きいし、迫力もあり、その醍醐味(だいごみ)はありますが、むしろちょうどいい肌触りというのは、今回のBDやDVDのほうが味わいやすいかもしれません。
過去の3作品に関しては、もともとフィルムで撮られているものは、色やコントラストを自在に操作できず、それがずっとストレスになっていました。「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」(93年)といった、ドラマ時代の作品に比べると、まるで何もしていないかのような仕上がりだったと思います。その部分に手を入れることは物理的に無理だったのですが今回、デジタルですべてリマスターするに当たって、「打ち上げ花火~」並みの色調整ができ、僕にとっては脳内イメージに近い仕上がりになりました。その意味では、オリジナルに近い形で生まれ変わったといっていいでしょう。
*……「ヴァンパイア」3月20日発売、BDは6090円(初回限定特典、特製スリーブケース)、DVDは4935円(初回限定特典、特製スリーブケース) BD、DVDともに特典映像にはキャストインタビュー集、スペシャルメーキング映像など(発売・販売:ポニーキャニオン)▽「undo」BDは3990円(発売・販売:フジテレビ映像企画部/ポニーキャニオン▽「PiCNiC<完全版>」BDは3990円(発売・販売:フジテレビ映像企画部/ポニーキャニオン)▽「スワロウテイル」BDは3990円(発売・販売:ポニーキャニオン)▽「friends after 3.11[劇場版]」DVDは2100円(発売・販売:ノーマンズ・ノーズ)
<プロフィル>
1963年生まれ、仙台市出身。93年、テレビドラマ「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」を演出し、日本映画監督協会新人賞を受賞。同作は再編集され、翌年劇場公開された。95年、初の長編映画「Love Letter」を監督。96年に「スワロウテイル」、98年に「四月物語」、01年に「リリイ・シュシュのすべて」、04年に「花とアリス」などを手がける。また、故・市川崑監督を敬愛し、ドキュメンタリー「市川崑物語」(06年)の監督も務めた。12年には、岩井さんが東日本大震災当時とその後、現在と未来について描いたドキュメンタリー「friends after 3.11[劇場版]」を製作。この作品のDVDが20日に発売された。プロデュース作に「BANDAGEバンデイジ」(10年)、「新しい靴を買わなくちゃ」(12年)など。初めてはまったポップカルチャーは、「一部の日本映画と少女マンガ」。代表的な作品に、映画は「犬神家の一族」(76年)、少女マンガでは「フランス窓便り」などの田渕由美子さんの作品を挙げた。
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