父親の失踪によって、突然、住む家も大学生という身分も失い、格差社会の実態を身をもって体験する若者の姿を描いた映画「東京難民」が全国で公開中だ。社会の底辺からはい上がろうにもはい上がれない今の社会の仕組みを鋭くついた福澤徹三さんによる同名小説を、「ツレがうつになりまして。」 「日輪の遺産」などで知られる佐々部清監督が映画化した。それまで何の疑問も抱かずに送っていた気楽な大学生生活から一転、あれよあれよと落ちて行く主人公、時枝修を演じたのは、映画「潔く柔く きよくやわく」やNHK大河ドラマ「八重の桜」に出演した中村蒼さんだ。「何を考えているのかよく分からない」ところが佐々部監督のお眼鏡にかなった中村さんと、脚本家からの“勝負”を受けて立つ形になった佐々部監督が、撮影を振り返った。
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「修は、親元を離れて仕送りを受けるのは当然と思っていて、僕もこれまでは、学校に行けるのも、ご飯が食べられるのも、いろんなことが当たり前だと思っていました。確かに、原作を読んだときは(どんどん落ちていく修に対して)『えっ?』と思いましたが、でも演じてみたら全然そんなことはない。普通に起こりうることなんだと思ったんです」と主人公の時枝修に対して共感を示す中村さん。
それに対して佐々部監督は原作を読んだとき、そこに書かれてある現代の若者の心理が理解できず、「映画化は無理」と感じたという。しかし、読み進めるうちに徐々に「いつも人のせいにしていた自分の学生時代にシンクロ」していき、また、脚本を担当した青島武さんからの「僕が脚本を書くから、これまでのような甘っちょろい、ヒューマンな作品とは全然違うものをやろうよ」との呼びかけに心が動き、「ならば、青島武という脚本家と勝負してみよう」とメガホンをとることを決めたという。佐々部監督と青島さんは、佐々部さんが助監督時代からの付き合いで、これまで「日輪の遺産」「ツレがうつになりまして。」などでタッグを組んでいた。
中村さんの修に対する共感は、そのまま演出に反映された。「蒼と最初に会ったとき、(台)本読みをやり、リハーサルをやり、僕なりに中村蒼という人間をつかもうとしたんだけど、つかみどころがなくてね(笑い)。でも、そのつかみどころがないのをそのまま出していけば、作りものじゃない、リアルな『東京難民』の時枝修になりそうな気がしたんです。だから蒼が考えてくるままの時枝修を、基本的には撮ろうと思いました」と初対面のときの中村さんに対する印象を交えながら佐々部監督は明かす。また、原作を脚本に落とすとき、修という人間を「もっとちゃらんぽらんで、もっと共感できないやつにしたかった」というが、「それを無理にさせるとうそっぽくなりそうだった。蒼の演技には、彼の人のよさがすっと出るんですね。それが出ていいと思った。最後はそっちの方向に持っていく話だから」と中村さん本来の人柄が垣間見れられる演出だったことを明かした。
当の中村さんは役作りについて、「ネットカフェ難民のことは知っていましたし、そういうドキュメンタリー番組も見たことがあります。ホームレスの人も見たりしています。力仕事の経験もあったので、割と近いことが自分の身近にいろいろありました。ですから、まったく違う世界の人だからと特別何かを調べたりすることはしませんでした。ただ、(製作は)年をまたいだので、その間、正月ボケをしないよう気をつけました」と話す。
撮影は、2013年1月5日から約1カ月にわたって行われた。雨のシーンは人工的に降らせた。さぞかし寒かったろうと思われるが、佐々部監督は「僕は寒くなかったけれど、俳優さんたちはね……」と同情しながら、「台本に、世界中に雨が降っていると書いてあった。そこには脚本家の意図がある。楽をするためには雨はやめたいところなんだけど、今回は青島さんとの勝負だから、雨と書いてあるところは意地でも全部雨で撮ろうと思ったんです(笑い)」と本音を漏らす。もっとも、演じる側の中村さんは、雨の演出は「大変だった」ものの、「疑問などはまったくなく」、むしろ、修がのちに働くことになるホストクラブのオーナー役の金子ノブアキさんに殴られることのほうが、「上を向いていたので体力的に大変だった」ようだ。
中村さんは、「修には無知の強さがある」と語る。「何も知らなかったからこそ、ホストやいろんなことに自分から突っ込んでいけたのではないかと思います」と修の行動に理解を示す。その修が、ホスト仲間の順矢(青柳翔さん)と、彼の恋人の瑠衣(山本美月さん)と3人で駆け出す場面がある。そこで修は、それまでの呪縛から解放されたような笑顔を見せる。佐々部監督はそのシーンについて、「あそこは、時枝修という人間がやっと“人”になれた瞬間。あのシーンのあとにさらなるどん底が待っていて、最後に一歩踏み出し、今度こそ本当の人になっていく……つまり、ドラマの抑揚の大きな山が、あのシーンなんです。そういうことを強調したかったから、苦労してもあえてカットを割らずに、ワンカットで撮りました」と説明する。
現代社会に一石を投じる今回の映画について、佐々部監督は「安倍さん(安倍晋三首相)はじめ各党の党首に見てもらって、党首討論してほしいです」と言い切る。それを横で聞いていた中村さんは「安倍さんに僕の存在を知っていただければうれしいです(笑い)」といいつつ、「僕は同世代の人や学生さんに見てもらいたいです。やっぱり、どうしても周りの人がうらやましく思えて、自分には、ほかの人に比べてドラマチックなことが起きないとか、つらいことばかりだとか、毎日平凡だとか不満を覚えがちだと思うんです。でも本当はそうではなく、もっと近くに……ご飯がうまいとか、風呂に入れて気持ちがいいとか、そういうことがすごく幸せなことなんだと、この映画を見て気づいてもらえたらうれしいです。そうしたら、普通だと思っていた毎日がいつもと違ってすてきな日に見えて、自然と前向きになれるのではないかと思います」と締めくくった。映画は22日から全国で公開中。
<佐々部清監督のプロフィル>
1958年生まれ、山口県下関市出身。明治大学文学部演劇科、横浜放送映画専門学校(現・日本映画大学)をへて、84年から映画やテレビドラマの助監督を務める。降旗康男監督作「鉄道員」(99年)、や「ホタル」(2001年)などで助監督を務め、02年、「陽はまた昇る」で映画監督デビュー。以降、03年に「チルソクの夏」、日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作「半落ち」(04年)、「出口のない海」(06年)、「夕凪の街 桜の国」(07年)などを製作。11年には「日輪の遺産」「ツレがうつになりまして。」が公開された。ほかにテレビドラマとして「告知せず」(08年)、「波の塔」(12年)などがあり、08年には舞台「黒部の太陽」の脚本・演出も手掛けた。監督作「六月燈の三姉妹」の公開を今年5月に控える。初めてはまったポップカルチャーは、舟木一夫さん、橋幸夫さん、西郷輝彦さんが“御三家”といわれていたころの「歌謡曲」。幼稚園児のころ、よく「潮来笠」などを歌っていたという。
<中村蒼さんのプロフィル>
1991年生まれ、福岡県出身。2005年に第18回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを受賞。舞台「田園に死す」(06年)で主人公を演じ俳優デビュー。「恋空」(07年)で映画初出演、「ひゃくはち」(08年)で初主演を務めた。主な出演作に「BECK」「大奥」「パラノーマル・アクティビティ 第二章/TOKYO NIGHT」(いずれも10年)、「マイ・バック・ページ」「行け!男子高校演劇部」「ハラがコレなんで」(いずれも11年)、「潔く柔く きよくやわく」(13年)などがある。テレビではNHK大河ドラマ「八重の桜」(13年)、「なぞの転校生」(14年)など。初めてはまったポップカルチャーは、井上雄彦さんのマンガ「リアル」。子供のころは自分の部屋にテレビがなかったのでゲームにはハマらず、かわりにマンガを読んで過ごしていたという。「あれほど感動した作品はありません」と話した。
(インタビュー・文・撮影:りんたいこ)
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