映画「八甲田山」(1977年)などのカメラマンとして知られる木村大作さんがメガホンをとった松山ケンイチさん主演の映画「春を背負って」が14日に公開された。今作は、木村さんにとって2作目の監督作品で、奥秩父を舞台にした笹本稜平さんの小説を映像化。映画では標高3000メートルを超える立山連峰で60日間にわたる大規模なロケを行い、四季折々の自然の美しさや厳しさを映し出しながら人々の力強い生き方や温かな交流を描いている。外資系投資銀行トレーダーで父・勇夫(小林薫さん)の死をきっかけに山小屋を継ぐ決心をする主人公・長嶺亨役を演じた松山さんと、亨と一緒に山小屋で働く高澤愛役の蒼井優さんに、山岳ロケや木村監督の演出、久しぶりの共演などについて聞いた。
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◇まっすぐな方がまっすぐに映画を撮っている(松山)
09年の「劔岳 点の記」で初監督した木村監督は、自然の中での撮影にこだわりを持っている。「山登りが絶対出てくると思ったのでトレーニングしなきゃと考えていました」と松山さんは出演が決まったときの心境を振り返る。「監督に相談したところ『山を登るのが一番だよ』とおっしゃったので山は登りに行きました。山小屋がどういうものか知らず、見たかったのもあって赤岳を登りました。撮影に入ってからはみんなで一緒に登るので部活をやっているみたいで楽しかったですね。もちろん過酷な部分もありましたが、共有できる人たちがいることが気を楽にさせてくれた」と感じたという。
一方、蒼井さんは「ここ数年、あまり過酷なロケを経験していなかったのですが、嫌いではないのですごく楽しみでした」と笑顔を見せ、「撮影は体力を消耗するのもありますが、自分の命は自分で守らなきゃいけないという責任や人の命に対しても責任がある。例えば自分が間違って石を落としたら落石になって下の人に迷惑をかけてしまう。そういう危険性がある中での撮影だったので緊張感が常にありましたが、このチームだから安全に乗り越えられました。大作さん(木村監督)がすてきな方なのは想像していましたが、組として作品に対する姿勢が美しいと思いました」と木村組の魅力にとりつかれたようだ。
木村監督について松山さんは「まっすぐな方がまっすぐに映画を撮っているので、うそはすぐに見抜かれると感じた」といい、「自分に都合がいい演技をしたり別のことを考えていると、すぐにばれてしまう。自分が今まで生きてきたことすべてが出せるように(木村監督が)導いているように思いました」と監督の真摯(しんし)な姿に胸を打たれたと話す。蒼井さんも「全く同じ」と同意し、「大作さん(の作品)は活動写真という感じ。真実を映すのでこちらにうそがあると全部出てしまう。頭で考えるのではなく、山や環境にすべてを委ねて芝居をしていました。大作さんは細かく演出される方ではないですが、私たちがそのままのテンションで演じられるようにしてくれました」と語る。
松山さんは亨のキャラクターを「現代を生きている僕と同世代が感じている不安を抱え、自分の居場所のようなものを探している青年」と感じ、「自分も同じような感覚を持っているし、亨の考えが分からないこともない。生きることに対する疑問や不安をまっすぐに出せる役だと思いました」と話す。愛役について蒼井さんは「今回の役は自分の中で挑戦でした」といい、「いつもならこの役は何のために作品に存在するのか考えますが、そういうことを一切やらなかった。撮影に入る前に『台本だけ読んでいるとどういう話か分からない人はいっぱいいる。でも山に行ったことがある人なら成立する』と大作さんがおっしゃって、今回は監督に丸投げしました。いつも以上に自分の役を言葉で紹介するのが難しい……」と明かす。互いに演じた役を見て感じたことを「亨のまっすぐ悩む姿」という蒼井さん対し松山さんは、「ニコニコしているところ。愛はまだ若いですが、隔たりなく誰とでも話ができ誰からも愛される。会いに行きたいと思わせる人」と魅力を語った。
亨と愛と一緒に山小屋で働き、2人に多大なる影響を与える豊川悦司さん演じる“ゴロさん” こと多田悟郎。深みのある魅力的な人物を「木村監督がこれまで生きてきて感じたことを悟郎が代弁していると思う」と松山さん。そして、「豊川さんの持つ雰囲気や経験値で説得力が増し、映画を見たときにすごく入ってくると感じました」と豊川さんの演技を絶賛。蒼井さんは「松山さん、豊川さん、檀ふみさんとご一緒する時間が長かったのですが、皆さん役者という仕事を大切にされているし、それとは別に大切なモノがある方」と評し、「そういうものがあるからこそ芝居の世界でも力を発揮されていると思いました。役者としてはもちろん、人としても尊敬できる方たちに囲まれて3カ月間一緒に撮影できて幸せでした」と充実感を感じたようだ。
自然とともに生きる人たちの姿が胸を打つ今作だが、3000メートルを超える立山の風景も見る者を圧倒する。山岳ロケでは「自然の中でお風呂もないような空間で共同生活したことで、自分が俳優であることや年齢、性別などが取っ払われていき、動物同士のような関係性になった。こういう環境でなければ気づけないことなので貴重な経験でした」と蒼井さんは感慨深げだ。松山さんは「大自然の中で撮影して自然からもらえたことはすごくたくさんあった」といい、「東京にいると自分には関係ない情報も入ってきて常に頭がフル回転していますが、山に行くと自分の声しか聞かなくてすむので落ち着く。自然は人間に必要だと思うし、人も自然の一部でしかないと思いました」と自然の魅力に気付かされたようだ。
雪山で松山さんが豊川さんを背負って歩くという緊迫した場面について、松山さんは「冬山の一番大変なシーンでした」と振り返る。「ここがうまくいけば最後までいける一番の山場だと感じていました。雪道を歩くだけならいいですが、人を背負って崖を下りたりするのは自分の力だけではできず、ガイドさんや優ちゃん、新井浩文さんに手伝ってもらいました。もはや役ではなくとにかく豊川さんを無事に下ろすことに必死で、それがすごく面白い感覚で、自分でも演技しているように感じませんでした」と素の部分が出てきたことに驚いたという。蒼井さんは「あそこでこけたり踏み外したら豊川さんの顔が岩にぶつかってしまうので、よくやり切りました」と称え、「現場での大変さはなかなか画面で伝わらなかったりしますが、見るからに大きい人を背負った迫力あるシーンになった」と自信を見せる。松山さんが「最後は気合だけ。スタッフの皆さんは常に重い機材を持ち雪山に行って、とうに体力は尽きているのに撮り続けている。だからみんな背中に“がまん”と平仮名で書いたTシャツを着ていました」と明かすと、蒼井さんも「今回の木村組のテーマは“がまん”でした」と笑う。
山小屋として使用した立山に実在する大汝休憩所で蒼井さんがハンバーグを振るまったこともあるという。「暇だったんです」と照れながら、蒼井さんは「松山さんたちがロケに出かけ、メークさんと2人きりになって。いつもご飯を作ってくださるプロデューサーにメニューを聞いたら『ハンバーグ』というので、作ることにしました。普通は焼きハンバーグだろうから趣向を変えて煮込みにし、作ってみんなを待っているのは楽しかったです」とロケ隊への気遣いを見せる。ハンバーグを食べた松山さんは「最高でした!」と絶賛。「まるで(蒼井さんが役柄の)愛ちゃんのままで、きっといい奥さんになるんだろうなと感じました」と蒼井さんの役にだぶらせ、「優ちゃんはとにかく明るい。現場はほぼ男だけですから優ちゃんがいなかったら多分、お酒を飲んで酔っ払い、(松山さんが)多くの人にからんでいたと思う」と笑う。「優ちゃんがいてくれたお陰で、そういうことが全くなかった」と蒼井さんが現場のムードメーカーだったことを明かした。
松山さんと蒼井さんは08年公開の「人のセックスを笑うな」以来の共演。久しぶりに顔を合わせた蒼井さんを「毎回印象が違う」と感じたという松山さんは、「何年か後にまた一緒に仕事をしたらどんなふうに変化しているか楽しみ。今回は愛ちゃんのようにみんなを明るくさせる雰囲気でしたが、以前はもっと静かで対極にある方だと感じていました。『人のセックスで笑うな』ではすごくとがっていた感じを受けたし、『男たちの大和/YAMATO』では妖精のようなイメージでした」と表現する。蒼井さんは「今回初めてきちんとお話ししたので、松山さんが全然印象が違うというなら、そうなのかもしれません」と同意すると、「10年たったら人は変わるよね」と松山さん。蒼井さんは「私の中でも松山さんに変化があった」といい、「初めて会ったときはギラギラしていた。『男たちの大和』は戦争の話で命がテーマの現場だったからかもしれませんが“熱いもの”を持っている感じがしました。10年たってみると、すごく穏やかな印象でとにかく幸せそう(笑い)。生きているのが楽しそうだなと思います」と松山さんの変化を語る。
コンピューターグラフィックス(CG)に頼らない自然美を撮るため撮影に1年を費やしたという今作。観客に向けて「映画をきっかけに山を登ってくれたらいいなと思います」と希望する松山さんは、「人生観が広がるし、山から下りてきたときには違うものを得て日常生活に戻れると思う。映画もそうで、映画館から出た時に必ず何かを得て帰ることができる。そんな経験をぜひしてほしい」と呼びかける。
「自分の居場所を探すことは人にとって普遍のテーマ」と話す蒼井さんは、「映画はそのときの環境や精神状態で受け取り方や見え方が違うと思うので、もしよかったら10代、20代、30代と人生の節目で見ていただきたい。そうやって長く見られるのも映画のよさだと思います」とメッセージを送る。そして、「これだけの素晴らしい景色を映画館で見られるのも幸せだと思いますし、本当に私たちが見たままの風景がたくさん詰まっています。大作さんにどうして山で撮影をするのか聞くと『予算がないから体力を使うしかない。山に登ればどこを撮っても素晴らしい景色が広がっりCGではなく本物が撮れる』と言われました。私たちが山に登って感動した景色がそのままのスケールでスクリーンに広がっているので、ぜひ見ていただきたいと思います」とアピールする。
過酷なロケが予想される木村監督から再びオファーがきたらどうするかと聞くと、蒼井さんは「現場でも松山さんや豊川さんとそのことを話していた」と前置きし、「木村組だから楽しめたというのがあって、まっすぐ楽しく健全に作品作りができた。そういう気持ちが持てる木村組にはまた参加したいです」と即答した。松山さんも「やらせていただけるなら何回でもやります!」と力を込めた。映画はTOHOシネマズ日劇(東京都千代田区)ほか全国で公開中。
<松山ケンイチさんのプロフィル>
1985年3月5日生まれ、青森県出身。2002年にドラマ「ごくせん」第1シリーズ(日本テレビ系)で俳優デビューし、06年の映画「デスノート」のL(エル)役で脚光を浴びる。以降、多数の映画やドラマに出演。主な映画出演作に「デトロイト・メタル・シティ」(08年)、「ノルウェイの森」(10年)、「GANTZ」(11年)、「家路」(14年)などがある。
<蒼井優さんのプロフィル>
1985年8月17日生まれ、福岡県出身。2001年に岩井俊二監督の「リリイ・シュシュのすべて」で映画初出演を果たす。その後「フラガール」(06年)、「おとうと」(10年)、「東京家族」(13年)などの映画に出演。ドラマや舞台でも活躍している。14年は映画「るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編」(8月1日、9月13日公開予定)などを控える。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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