ナイトクローラー:ダン・ギルロイ監督に聞く 刺激的な映像「見る側にも問題があると自覚してほしい」

「ナイトクローラー」を製作中のダン・ギルロイ監督(C)2013 BOLD FILMS PRODUCITONS,LLC.ALL RIGHTS RESERVED.
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「ナイトクローラー」を製作中のダン・ギルロイ監督(C)2013 BOLD FILMS PRODUCITONS,LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

 今年の米アカデミー賞で脚本賞にノミネートされ、ジェイク・ギレンホールさんの鬼気迫る演技が話題となっている映画「ナイトクローラー」が22日に公開された。ナイトクローラーとは、米ロサンゼルスの深夜に出没する映像カメラマンのことをいう。彼らは警察無線を傍受し、事件や事故現場に急行しては被害者にカメラを向ける。いわば報道スクープ専門の映像パパラッチだ。そのナイトクローラーになりたての、ギレンホールさん演じるルーことルイス・ブルームが人間性や倫理観を疑うような行為でスクープをものにしていく姿を描いている。今作でデビューを果たしたダン・ギルロイ監督に電話で話を聞いた。

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 ◇ほかの監督に映像化してほしくない

 ギルロイ監督はこれまで「リアル・スティール」(2011年)や「ボーン・レガシー」(12年)などの脚本を手掛けてきた。監督デビュー作となる今作の脚本も自身で書いた。「ここ数年、自分が書いた脚本と違う解釈で撮られる作品を目にし、自分の意図通りに撮ってみたいと思っていたんだ」とかねてメガホンをとる意欲があったことを明かす。

 予算は800万ドル(約9億7600万円)。撮影期間は26日。その中での製作は、ギルロイ監督いわく「ギャンブルだった」。しかし、もともと「プレッシャーや制約に強いほう」だというギルロイ監督は、「この世界への警鐘を鳴らしたい」との強い思いが詰まった脚本を、「ほかの監督には映像化できない、してほしくない」と監督デビュー作に選んだ。

 ◇意図的に「人間らしく」

 脚本家としてこれまで、「ほかの人が聞いたことのないアイデアを見つけ、善悪、好き嫌いを問わず一緒に過ごしたいと思うような、目が離せなくなるキャラクター」を描くことを念頭に置いてきた。今作のルーも、まさにその通りの人物だ。

 ルーは、私生活では「狭い部屋に独りで暮らし、面倒をみる必要があるものといえば植物ぐらい」という暮らしぶり。「テレビを見ながらアイロンをかけるぐらいしかすることのない孤独な人間」だが、学習意欲は高く、狡猾(こうかつ)で弁が立ち、ひとたびカメラを持つと、次々にスクープをものにし、この世界でのし上がっていく。監督はルーを「意図的に人間らしく撮った」という。観客に「あいつはサイコパスだから自分とは無関係、と思われてしまっては元も子もない。自分やあなたもルーになりうることを伝えたかった」からだ。

 ◇舌を巻いたギレンホールの演技

 ルーを演じるのは、「ブロークバック・マウンテン」(05年)や「プリズナーズ」(13年)などの作品で知られるジェイク・ギレンホールさんだ。今作ではプロデューサーも務めた。ギラついた目、12キロ体重を減量して演じたルーは、飢えたハイエナを思わせる。

 「ジェイクには俳優としていつも驚かされる」とギルロイ監督は語る。ギレンホールさんは、ギルロイ監督が書いた脚本には「並み外れた敬意を払い、せりふを変えることは一切しなかった」という。半面、せりふのない場面ではしばしば即興が飛び出した。例えば、ルーが雇うアシスタントがパニックに陥ったとき、ギレンホールさんはアシスタントの肩に慰めるように手を置く。ギルロイ監督は「ルーはそんなことをやりそうもない人間だと思ったけど、実際はちゃんと成立していたよ」とギレンホールさんの演技に舌を巻く。

 自宅のアパートで、ルーが鏡をたたき割る場面の撮影では肝を冷やした。ギルロイ監督によると、その問題のシーンは撮影開始から15時間あまりがたったころだった。「みんな疲れてストレスがたまっていた。その中でジェイクが鏡を強くたたき始めたんだ。最初は大丈夫だと思ったけど、実は彼、血だらけで、親指を見たら、縦4センチ、幅3センチくらいパックリ切れていたんだ。すごい量の血が出たよ」と明かす。その後、ギルロイ監督はギレンホールさんを病院へ連れて行き、「4時間かけて42針縫われるのを見守った」という。

 ◇世界中のニュース現場にたくさんいる“ニーナ”

 今作にはルーのほかにもう一人重要な人物が登場する。ルーから映像を買う報道番組のディレクター、ニーナ・ロミナだ。ギルロイ監督の妻レネ・ルッソさんが演じている。ニーナは、自分が組み立てたストーリー通りの扇情的な映像をルーに撮影させ、ニュースでそれを流そうとする。

 「ニーナは切羽詰まっているんだ」とギルロイ監督は表現する。「競合するインターネットや、視聴率を上げろという上からの圧力によって、ものすごいプレッシャーにさらされている」と彼女の立場を説明する。そして「ニーナだって昔は善悪を判断していた。しかし自分に保険をかけないといけない年齢になり、仕事を失うことを何よりおそれている。そういう切羽詰まった、今夜、流すネタを必死で探しているような人は、世界中のニュースの現場にはたくさんいると思う」と、世の中の“ニーナ予備軍”の存在をほのめかす。

 ◇取材で事故現場に遭遇

 脚本を書くに当たってギルロイ監督は、複数のナイトクローラーから話を聞き、彼らの仕事にも同行した。あるとき、車が橋から落ちて重傷者が出ている現場に出くわした。一緒にいたナイトクローラーたちは車を降り、橋の下の血だらけの惨状にカメラを向けていた。「プロとして冷静に撮影し、5分で編集し、2000ドル(約24万4000円)になる」のだそうだ。

 また、「法律は守る」と言っていたあるナイトクローラーがギルロイ監督に語ったことによると、彼は深夜の高速道路を走行中、立ち往生しているトラックに遭遇した。そこで、警察に通報する代わりに車を路肩に寄せ、カメラを構えて待った。すると15分後、トラックに乗用車3台が突っ込む事故が発生。その惨状をまんまと映像に収めたのだ。それを聞いたギルロイ監督が、当人に「それって間違っていないか?」と尋ねたところ、相手は、「僕が事故を起こしたわけではない。事故を防ぐのは自分の仕事じゃない」と答えたという。

 ◇問題は私たち自身にある

 そういった、ギルロイ監督いわく「興味深いモラル」の持ち主であるナイトクローラーに焦点を当て、「ルーのようなやり方で、成功のためには倫理すら踏み外し、部下から搾取しても罰を受けず成功できてしまうのがハイパー資本主義の現代」であり、そういった世の中に「警鐘を鳴らしたかった」とギルロイ監督は語る。

 その一方で、観客自身が「問題は、ルーやニーナにあるのではなく、それを見ている私たちの方なのでは、と立ち止まってくれることこそが狙いだった」と明かす。ギルロイ監督は、事件や事故の惨状を「見ずにいられないのが人間だ」と理解を示しながら、「自分の側にも問題があると自覚することが大事なんだ。映像は人に影響を与える。だからこそ何を見るかの選択は、自分自身で気を付けなければいけないんだ」と力を込めた。映画は22日から全国で順次公開。

 <プロフィル>

 1959年生まれ、米カリフォルニア州出身。脚本家として「トゥー・フォー・ザ・マネー」(2005年)、「落下の王国」(06年)、「リアル・スティール」(11年)などを担当。兄トニー・ギルロイさんが脚本と監督を務めた「ボーン・レガシー」(12年)では共同脚本も手掛けた。監督デビューを果たした今作では脚本も執筆し、米アカデミー賞脚本賞にノミネートされた。

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