人気作家の横山秀夫さんの小説が原作で、佐藤浩市さんが主演を務める映画「64-ロクヨン-」(瀬々敬久監督)の前編が7日に公開された。時効間近となった昭和64(1989)年に起きた通称“ロクヨン”と呼ばれる事件を模倣した事件が平成14(2002)年に発生。主人公らが事件解決に奔走する姿を、警察内部の対立や県警記者クラブとの衝突などを織り交ぜ、前後編の2部作で描く。県警警務部の広報官・三上義信を演じる佐藤さんと、三上の刑事部時代の上司で刑事部捜査一課長・松岡勝俊を演じる三浦友和さんに、今作について聞いた。
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今作について佐藤さんは「ここまで身を削ったのは久々」と何度かコメントしているが、「(映画撮影が)テレビと同時進行だったというのもあったし、『64』に関しては妙なプレッシャーもありました」と撮影当時の心情を明かし、「映画の主人公は、いろいろな事象が自分の周りで起きて巻き込まれていくので、往々にして受け身。今回はそういった中で、ある一点に向かって走りながら攻め続けないといけなかったし、撮影現場でも若い人から先輩まで多くの方々と、“戦い”ではないけど、つばぜり合いをする部分があった」と振り返る。
続けて、「普通の映画のスケジュールは山場を抜けるとちょっとホッとできるのだけど、今回は何か終わっても次が待っていたから、それがなかった。そういう意味でのしんどさはあります」と佐藤さんは「身を削った」という言葉の真意を説明する。
今作は豪華なキャストが出演することでも話題だが、「(三浦さんとの共演は)かなり時間を置いていて、僕が24歳ぐらいのときに『みんな大好き!』という日テレ(日本テレビ、1983年)のドラマがありましたが、そこからほとんど共演はないのでは」と佐藤さんが切り出すと、「『あ、春』(98年)の共演もあった」と三浦さんが指摘する。すると、佐藤さんも「三浦さんとの絡みはないし、『どこに出てた?』というほど分かりにくいけど、『台風が来るから早く帰れ』と走り回る先生で、『台風クラブ』(85年)に1カット出ています」と共演作を思い出していた。
事務所の先輩でもある三浦さんの印象を、佐藤さんは「いい意味で老けないですし、ご自身の立ち位置などいろんなことを俯瞰(ふかん)しながら、お芝居や映画というものに関わっていらっしゃる」と語り、「今作には多くの方々が出演されていますが、三浦さんと久々に共演するという楽しみは、他の方とは違うものがありましたし、松岡を三浦さんにやっていただけたことも心強かった」と感謝する。
聞いていた三浦さんは「そんなことを言っていただけると本当にうれしい」と笑顔を見せ、「偉そうに言わせてもらうなら、俳優がやるかやらないかを決めるとき、何を見るかというと、脚本と監督と主演俳優だと思う。脚本がよくても主演がこの人だと嫌だというのが本当にある」と持論を述べる。
さらに、「逆に、この人が主演ならどんな役でもいいから出たい、この監督なら1カットでもいいから呼んでほしいというパターンもある。今回はおそらく俳優の半分ぐらいが“佐藤浩市だからやる”ということで成立しているキャストだと思うし、僕もその中の一人」と佐藤さんへの信頼を口にする。「恐縮です」と佐藤さんが頭を下げると、三浦さんは「お互いに褒めちぎって……(笑い)」とちゃめっ気たっぷりに切り返した。
役作りについて、佐藤さんは「原作にあった(三上の娘の)醜形恐怖症という部分が少し変わっているので、家庭の部分、三上と娘の関係性のディテールをどう持っていくか」と考え、「刑事であることの異物感が家の中にも深くあったことが、娘との関係を崩壊させた原因の一つだったのではと思いながら進めました」と意識した点を説明する。
一方、三浦さんは、自身が演じた松岡を「三上にとってのキーマンみたいなところがある」とイメージし、「(三上とは)ロクヨン事件の現場にいたという共通点があって、ロクヨンに対して迷いもあったけど、そろそろ定年だから……と行動を起こさないでいたら、そうではない人(三上)がいて、ふと自身を省みて三上の側に行く。そういう立場だと理解しました」と松岡の心情を分析する。
松岡は三上に対して微妙な距離感を持つ役どころだが、「見ている人が『なんだろうこの人』とならなければいいとは思いました」と言って三浦さんは笑う。
組織が重要となる今作で組織内の人物を演じる2人だが、「勤め人の経験がないものですから、演じる人物の仕事などのインフォメーション(情報)はできるだけ(自分の中に)入れて、想像するしかない」と佐藤さんは話すも、「お陰さまで(俳優を)35年もやっていると、仕組みの中にいる自分、そこからはみ出す自分、はみ出せない自分というものが見えてくるので、そうしたことも演技で生かせると考えています」と経験に基づいた演技論を語る。
佐藤さんの発言に三浦さんはうなずきつつ、「一つの作品には大勢の人が関わっていて、それも組織は組織」と表現し、「最終的に映像を見たとき、自分が変に浮いているのは嫌だなということは思いながらやっていて、出来上がったものを見て、『そんなに出しゃばったこともしてなくてよかった』というのが正直なところ」と胸をなで下ろす。
三上と松岡が互いの意見をぶつけ合うなど、2人の共演シーンには緊張感にあふれているが、「俳優同士は波長が合うか合わないかが大事で、この人と共演したいと熱望しても、どうしてもダメなときはある」と三浦さんは切り出し、「今作はすごく心地いい現場で、2人で対峙(たいじ)した瞬間、『映画の撮影現場だな』ということを感じました」としみじみ語る。
佐藤さんも三浦さんの言葉に共感し、「後編の捜査指揮車内のシーンは、実は台本では何十ページもあって、頭を抱えるぐらい長かったけど、そう見えなかったのはやっぱり三浦さんとご一緒することで、狭い空間でのやりとりでの緊迫感が生まれ、長いものには見えなかった」と波長が合っていたことを示すエピソードを披露する。
今作は昭和64年に起きた事件が鍵を握るが、「昭和64年は7日しかなくて、天皇崩御がバブルの終わりかけの頃だったとか、変なミスマッチ感覚がある」と佐藤さんが語ると、「64歳で『64』に出ているという。どうでもいいことですけど(笑い)」と三浦さんは笑いを誘う。
続けて、「昭和の終わりである7日間に、『226』という映画をやっていて、(作品のモチーフである二・二六事件が)大きく天皇に関わる事件でもあるので、思いのほかこの1週間が印象としては大きく残っている」と三浦さんは当時を振り返り、「昭和が終わるかというときに、軍服を着て安藤輝三(という役)をやっている自分という妙な感覚でした」と思い出していた。
映画ならではのアレンジが施され、後編のクライマックスは原作と異なる展開だが、「『そうしませんか』というのが最初の段階から僕も含め、全員の総意だった」と佐藤さんは明かす。「前後編ではなく1本の映画であれば原作の終わり方でもいいと思いますが、前後編という形にするなら映画としてのケツのとり方がないと、いかがなものなのだろうか」という信念のもと、「みんなで考え原作と異なるところにラストを持ってくるやり方にしました」と経緯を説明する。
三浦さんも「ラストだけではなく、ある程度オリジナルにしていかないと映画にはならない」と同意し、「賛否はもちろんあるでしょうが、後編をあの展開にするのは原作を読んだ人もNHKのドラマ版(2015年放送)を見た人も、違うものが見られるので期待感としては、とてもいいのでは」と期待を寄せる。
深くうなずいた佐藤さんは、「コンサバティブなファンの方々にはいろいろと言われるかもしれませんが、そこは覚悟の上であえてそうさせていただくべきじゃないかと。僕はラストに関しては納得しています」と自信をのぞかせる。三浦さんも「きちんとエンターテインメントになっていて、お客さんが来てくれるだろう力を持った映画」と力強くアピールする。
そして、佐藤さんは「すごく男臭い話と思われる方もいるかもしれないけれど、警察が舞台で、組織論だったり、地方と中央であったり、家庭のことと身の回りにあることが自分なりにフィードバックできる素材ばかり」と今作の魅力を語り、「原作を知っていても知らなくても楽しめるので、劇場で見ていただきたい」とメッセージを送った。映画は前後編で、前編が5月7日、後編が6月11日に公開。
<佐藤浩市さんのプロフィル>
1960年12月10日、東京都出身。80年にNHKドラマ「続・続 事件 月の景色」で俳優デビュー。「青春の門」(81年)で映画初出演を飾り、第24回ブルーリボン賞新人賞を受賞。82年公開の「青春の門 自立編」で映画初主演を果たす。以降、ドラマや映画を中心に活躍している。最近の主な映画出演作は、「誰も守ってくれない」(09年)、「のぼうの城」(12年)、「清須会議」(13年)、「バンクーバーの朝日」(14年)、「愛を積むひと」「HERO」「アンフェア the end」「起終点駅 ターミナル」(以上、15年)など。
<三浦友和さんのプロフィル>
1952年1月28日、山梨県出身。72年にドラマ「シークレット部隊」(TBS系)で俳優デビューし、74年の「伊豆の踊子」で映画ビューを果たす。現在は幅広い役柄をこなす演技派俳優として活躍し、2012年には紫綬褒章を受賞。最近の主な出演作は、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズ(05、07、12年)、「アウトレイジ」シリーズ(10、12年)、「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」(11年)、「ストロベリーナイト」(13年)、「救いたい」(14年)などがある。16年夏には「葛城事件」の公開を控える。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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