俳優の本木雅弘さんの主演映画「永い言い訳」(14日公開)は、妻が旅先の事故で亡くなったことをきっかけに自分を見つめ直すことになる一人の男の“心の旅”を描くヒューマン作だ。「おくりびと」(2008年)以来7年ぶりの主演映画となる本木さんに、話を聞いた。
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自身を、「本当に不器用なので、同時に二つも三つも抱えて、スイッチを切り替えるように演じることが、なかなかできないタイプ」と語る本木さん。人間の生と死に触れた「おくりびと」で、「人間の価値観の再構築という漠然とした命題を抱えてしまった感じがある」ことから、次なる主演作選びにはことさら慎重だったという。そんな本木さんが昨年、「天空の蜂」と「日本でいちばん長い日」という2本の映画を経て臨んだのが、今作だった。
映画「永い言い訳」は、「ゆれる」(06年)や「夢売るふたり」(12年)などの監督として知られ、また、作家としても活躍する西川美和さんが、初めて映画に先駆け出版し、直木賞候補になった同名小説を、自ら脚色、映画化したものだ。本木さん演じる人気作家・衣笠幸夫(きぬがさ・さちお)と、深津絵里さん演じる夏子は、結婚20年来の夫婦。しかし、関係はすでに冷え切っており、物語は、夏子が、堀内敬子さん演じる親友の大宮ゆきと出掛けた旅先で事故死したことをきっかけに動き出す。
幸夫は、本木さんの言葉を借りれば、「妻に支えてもらいながら、のちに成り上がった人気作家。その間に生まれた、売れなかったころのいじけた思考が邪魔をして、ねじれた自意識を持っている男」だ。しかし、幸夫が持つ欠点やあやうさは、人間誰もが持っているもので、本木さんは、「日々それと格闘して生きているというのが人生だと思うんです。そういった中で、心の中でどんなに揺らいだり、温かい思いを持ち合わせていたりしても、表に吐き出さなければ相手には伝わっていかない。そういうリアルな歯がゆさが、この映画の魅力だと思います」と話す。
「幸夫の、いけ好かない男感は、私そのもの」と苦笑する本木さんだが、最初は、「私自身の醜さが、そのままスクリーンに映し出されていいものかという不安があった」そうだ。しかし西川監督の「もっと追い詰められてください。もっともっと至近距離に自分の嫌なものが差し迫って来て、そのことにもっと不安やおびえを感じてください」という演出に、精神的に追い詰められたとき、「早々にちゃぶ台をひっくり返して自暴自棄になるような実人生の自分(笑い)」と、「私と同じように濃い自意識を持っているけれど、自分の恥ずかしい部分を(他人に)見られることを恐れているのではなく、情けない自分自身に向き合うことを恐れている幸夫」との間にいい意味での距離感が生まれ、それを感じながら演じていくのは面白かったという。
幸夫は、夏子が死んでも一滴も涙を流せなかった。その心理を本木さんは、幸夫の「甘え」であると同時に、「愛があるから泣ける、愛がないから泣けないということではなく、愛があったのか、なかったのかさえ分からないから泣けない、というむなしさ」ととらえている。その上で、「そのむなしさと向き合うことは、おそらく、自分自身と向き合ってこなかったことを認めざるを得なくなるから非常にきつい作業だと思うんです。でも、おそらく誰もが案外、そんな生き方をしているのではないか」と共感を示す。
約1年にわたって行われた撮影。本木さんは、20年ぶりの共演となる深津さんはじめ、ゆきの夫、陽一役の竹原ピストルさん、幸夫の担当編集者役の黒木華さん、さらに、幸夫のマネジャー役の池松壮亮さんらとの共演を「絶妙なキャスティングだった」とありがたがる。
その一方で、陽一の娘、灯(あかり)役の、当時5歳だった白鳥玉季ちゃんの天真らんまんさには翻弄(ほんろう)された。本番前に、当時11歳だった兄・真平役の藤田健心君とけんかをし、へそを曲げてしまった玉季ちゃんを、竹原さんとなだめすかしたり、灯を自転車の後ろに乗せて走るシーンでは、「テストをやっている間に眠くなっちゃって、いざ本番というときに、コテッと寝ちゃっているんですよ(笑い)。子供って、そういうときは5分でも寝かせないと立ち直れないんです。だから少々待って……というスリリングな撮影でした」と明かす。
本木さんは、今作を「変な解釈かもしれませんが」と断った上で、「監督が、もっと気楽にいこうよ、と言っているように思った」と話す。「監督って、本当にさばさばしていて、男前で、頼もしいと感じるんですけれど、仕上がった作品を見たときに、ダメな人間を、母親のように抱擁してくれているような母性を感じた」と振り返る。
そして、「現実はきつい話だと思う」としながら、「もちろん、ロマンチックにいえば、『永い言い訳』というのは、これっぽっちも泣けなかったけれど、そこから(妻を)愛し始めたということの証し。亡くなってから初めて送る、彼女への尽きない愛の言葉、イコール、“ラブレター”のようにとれる。でも同時に、人間というのは、苦々しさを抱え続けていかなければならない宿命を持った生き物なんだと思えた」という。だからこそ、「私は、どんなことに対しても矛盾したことを考えて、堂々巡りしているうちに、結局、結論を出せない人間なんです。でも、やっぱり相反するものが同時に存在している、そうか、自分もいつも抱えている矛盾をこのまま持ち続けていいんだ」と自身を肯定されたように思えたという。
幸夫を演じ終えた今、「この映画が一つのセラピーになって、実人生でも、ちょっといい人になりました」と笑う。インタビューには、気さくに、おおらかに、時にはちゃめっ気を見せながら応じていた本木さんだが、自身の家族に対しては「案外、無愛想で無反応なタイプの人間」なのだとか。「いままでは、“クラゲのように存在感を消してフニャフニャいるのがリラックスしている状態なんだ。だから(家族に)返事しない”、そういう自分でいたんですけど(笑い)、身内にこそ、おおらかに気を使うことが、実は大切なんだということを教えられた気がします」と自戒する。もっとも、「今はまだそのセラピー効果が残っていますけれど、いつまでもつかは分からない(笑い)。人間はなかなか変われるものじゃないから、またクラゲに戻るかもしれない」そうだが……。映画は14日から全国で公開中。
<プロフィル>
1965年生まれ、埼玉県出身。81年、テレビドラマ「2年B組仙八先生」で俳優デビュー。82年に結成したアイドルグループ「シブがき隊」では、モックンの愛称で親しまれ、88年の解散まで活躍した。その後、俳優として本格的に活動を始める。主な主演映画に「ファンシイダンス」(89年)、「シコふんじゃった。」(91年)。自ら企画を持ち込んだ「おくりびと」(2008年)は米アカデミー賞外国語映画賞に輝いた。ほかに映画では「ラストソング」(94年)、「トキワ荘の青春」(96年)、「双生児」(99年)、「日本のいちばん長い日」「天空の蜂」(ともに2015年)、テレビドラマでは「坂の上の雲」(09~11年)、「運命の人」(12年)などがある。初めてはまったポップカルチャーは、「思いつきですけど」と断った上で、「なめ猫」を挙げた。ステッカーなどを貼っていたという。
(取材・文・撮影/りんたいこ)
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