小野憲史のゲーム時評:パッケージからダウンロード、そしてサブスクへ 移り変わるゲーム流通の歴史

中古ソフト裁判で最高裁判決後の会見=2002年4月、小野憲史撮影
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中古ソフト裁判で最高裁判決後の会見=2002年4月、小野憲史撮影

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、ゲーム業界の流通の歴史を振り返ります。

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 ユーザーに定額の利用料を支払ってもらうことで、商品やサービスを一定期間提供する「サブスクリプション(サブスク)」モデルが広がっている。ゲーム業界でもマイクロソフトが2017年6月に「Xbox Game Pass」を開始したのに続き、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが2022年3月、会員制サービス「PlayStation Plus」のアップデートを発表した。6月1日から「エッセンシャル」「エクストラ」「プレミアム」コースが始まり、「プレミアム」では年間で1万250円を払えば、数百本のPS4、PS5ソフトを楽しめるほか、初代PSタイトルをはじめとした、膨大なゲームを楽しめるようになる。

 もっとも映画などと同じく、ゲームでもサブスクモデルが機能するか否か、疑問視する声もある。ストアにもよるが、新作ゲームが発売日からサブスクで配信されるとは限らない。一方で、AAAゲームではクリアまでに何十時間もかかる例は珍しくない。その間、他のゲームが楽しめないのであれば、遊びたいゲームだけを個別に買う方が合理的という見方もできるからだ。一方でサブスクモデルには、さまざまなゲームを少しずつ試せる良さがある。そのため、しばらくはサブスクモデルと買い切りモデルが併存する時代が続くと思われる。ユーザーにとっても、自分のゲームライフにあった選択が求められるだろう。

 一方でPS初期の時代を知る業界人にとっては、また違った見方ができるのではないだろうか。良く知られるように、PSの立ち上げはゲームの流通改革とセットだったからだ。スーパーファミコン全盛期の1990年代初頭、玩具流通は混迷を極めていた。問屋間での抱き合わせ流通や逆流通、一部問屋の買い占めによる価格操作などがまん延していたのだ。そこにメスを入れたのがソニー流通だ。「初回重視ではなくリピート重視」「定価販売の遵守」「中古販売の禁止」など、CD-ROMの特性を活かした、さまざまな施策が行われた。当初は賛否両論だった小売店も、PSのシェア拡大とともに、賛同者が増えていった。

 しかし、これらの流通改革も数年で骨抜きになっていく。象徴的だったのがデジキューブ流通のスタートだ。コンビニエンスストアに専用什(じゅう)器を設置し、ゲームソフトを販売する試みで、「ファイナルファンタジー」シリーズなどの人気作が並んだ。小売店とデジキューブのソフト配分比率は露骨で、中には入荷量を通常の2割に減らされた店舗もあった。予約分のソフトをコンビニで買って客に販売した、などの話もあったほどだ。流通在庫の増加に伴い、中古販売を開始するゲームソフト販売店チェーンも登場した。それと前後してゲームソフトを巡る中古裁判がスタートし、ゲームメーカーと流通がいがみ合う、異例の事態に発展していった。

 これらの仕切り直しを図るように2000年、ソニーはPS2の発売にあわせて、新たな施策をとる。インターネット通販サイト「プレイステーション・ドットコム」の立ち上げだ。予約開始当日にアクセスが集中してサーバがダウンするなど、さまざまなトラブルに見舞われたのは語り草だ。もっとも、これと前後して量販店やメーカーによるEC参入が相次ぎ、ネットで商品を購入する商習慣は、次第に身近なものになっていく。2010年代に入るとコンビニエンスストアでのダウンロードカード販売が一般化。近年ではコロナ禍の外出自粛を受けてデジタル流通が急成長した。サブスクモデルの広まりも、こうした流れの中に位置づけられるだろう。

 筆者も昨今ではゲームソフトをパッケージで購入することは、ほとんどなくなった。自宅にいながら購入でき、頻繁に割引セールが行われるなど、デジタル流通には大きな魅力がある。一方でデジタル流通ならではの課題も感じている。パブリッシャーからの配信が停止されれば、ゲームが遊べなくなってしまうことだ。携帯電話向けのゲーム配信は好例で、今やガラケー初期のゲームを遊ぶことは事実上不可能になっている。遊びたいゲームを遊びたい人に遊びたいタイミングで提供するのが流通の理想だとすれば、デジタル流通に伴って、それに逆行するような現象も生まれているのだ。

 ゲーム機の転売問題が取りざたされるなど、ゲーム流通の問題は今も続いている。コロナ禍における半導体不足やバリューチェーンの破壊などを受けて、一朝一夕に事態は解消しそうもない。一方でクラウドストリーミング技術を用いて、最新ゲームであってもハードの垣根を越えて楽しめる環境も進みつつある。こうした中、過去の歴史から何を学ぶことができるか。ゲーム業界全体の課題だろう。

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 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーランスで活躍。2011からNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)の中核メンバー、2020年から東京国際工科専門職大学講師として人材育成に尽力している。

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