中村獅童:好きで入った歌舞伎界「主役は難しい」と言われ 「うちの倅なんだよと自慢するような」可愛い父の姿も 「徹子の部屋」で

5月26日放送の「徹子の部屋」に出演した(左から)中村獅童さん、夏幹くん、陽喜くん=テレビ朝日提供
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5月26日放送の「徹子の部屋」に出演した(左から)中村獅童さん、夏幹くん、陽喜くん=テレビ朝日提供

 歌舞伎俳優の中村獅童さんが、5月26日放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。叔父の萬屋錦之介さんの教えや歌舞伎俳優にならなかった父の思い出などを語った。

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 錦之介さんに言われた「顔で演じてはいけない。心で(演じ)なさい」が「非常に印象に残っています」という。この言葉を大事にしたことで、(亡くなった先代の)中村勘三郎さんに褒められた。「群衆の役を務めている時に稽古場の隅に呼ばれた」といい、雲の上のような存在で、きちんと話したことのなかった勘三郎さんが「褒めてくださったんです。心があっていいって、その調子でやりなさいって、おっしゃっていただいた」。

 本公演で勘三郎さんが務める役を平成中村座で演じさせてもらった。「それが歌舞伎での初めての主役だった」と語る。とはいえ、「お弟子さんたちもみんな出来がいいわけです。肝心の主役の僕はなかなか本領を発揮できないというか、もう手も足も出ないものですから、だめなんじゃないかというところがあったのですけれど、本番の『獅童、頑張れ』というような、お客様の割れんばかりの、聞いたこともない拍手、そのお客様の熱気に助けられた」と振り返る。

 祖父は歌舞伎の名女形の三代目中村時蔵さん。父は三男で、歌舞伎界を離れて会社員をしていた。その理由は「兄弟で、大勢で並びのお役だったんですけど、大先輩に弟たちが叱られたそうなんです。その時に、かっこつけたんでしょうね、かつらを投げ捨てて、もうおれは辞めたと言って、そこから2度と歌舞伎界に戻ってこなかった。たぶん小学生くらいだったと思うんです。祖母の小川ひなが説得しても松竹の方が説得しても、もう嫌だと言って、そのまま辞めちゃったんです。頑固だったんですね」と語る。

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 そんな事情で「歌舞伎役者の一応血はあるんですけれど、親が(歌舞伎界に)いないので弟子入りするわけにもいかないので、非常に中途半端な立場でございまして」と自身の立場を説明。好きで入った歌舞伎界だが、18、19歳の頃、これからのことなどを話す中で、「獅童さん、主役を取っていくのは難しいですよ」と言われた。

 歌舞伎をやることに父は「反対というか、やるのは自由だけど、自分は歌舞伎の世界の人間ではないので、手助けすることはできないよというようなことを言っていました」という。

 「父は初舞台から僕の舞台を見たことなかった」が、「主役をやらせていただけるようになって、ある時、幕が開いたら、まだ僕は何もしていないのに、ものすごい勢いで拍手をする方がいらっしゃったので、ずいぶん熱心なファンの方だなと思って見たらうちの父だった」と笑う。「隣に座ってらっしゃるお客様にも、あれはうちの倅(せがれ)なんだよと自慢するような可愛い父でした」と回顧した。

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