独特の筆致で武家社会に対する皮肉を込めた故・滝口康彦さんによる「異聞浪人記」を、市川海老蔵さん、瑛太さん、役所広司さん、満島ひかりさんらのキャストで映画化した「一命」が全国で公開中だ。メガホンをとったのは「十三人の刺客」「忍たま乱太郎」など、このところ時代劇ものが続く三池崇史監督。カンヌで受賞した小林正樹監督、仲代達矢さん主演の傑作「切腹」(62年)と同じ原作を映画化するにあたって、重圧を感じるのではなく逆に「ワクワクした」と語る三池監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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映画「一命」は、江戸時代が舞台。大名の御家取りつぶしが相次ぐ中、家や職を失った浪人たちの間では、狂言切腹が横行していた。狂言切腹とは、裕福な大名屋敷に押しかけ、庭先で切腹させてほしいと頼み込み、面倒を嫌う屋敷から金や仕事を手に入れる、いわゆる“ゆすり”だ。市川さん演じる浪人、津雲半四郎も、井伊家の門前で切腹を願い出る。しかしその行動の裏には、ある理由が隠されていた……という物語。
原作の「異聞浪人記」は1958年に発表され、その4年後、橋本忍さんの脚本で「切腹」のタイトルで映画化され、翌年のカンヌ国際映画祭では審査員特別賞に輝いている。そんな名作映画がすでにある中での再映画化は、ちゅうちょしてもおかしくないところだ。だが三池監督は、「こういうものを作りたいんだという思いが強い監督であれば、避けるべき作品だと思います。でも、僕は撮っていることが楽しい。現場でバタバタやっていることが目的でもあるので、そういう立場からすると、今回の作品は、すごく手ごわくてワクワクした」と意に介する様子は全くない。
むしろ「敵(ライバル)は強ければ強いほうがいい」といい、「一命」を今作ることによって、「切腹」が再び脚光を浴びることを「すてきなこと」と喜ぶ。「たぶん、今回の作品がなければ、(『切腹』を)見なかった人がたくさんいると思う。それをまた見ることによって、あの時代にこんな作品を作っていたなんて、日本映画ってすごかったんだなと(人は)思うと思うんです」。そして「『一命』は単独で存在する映画ではなく、『切腹』込みの作品」とまで言い切った。
映画は、淡泊な原作小説同様、説明過多になることを避けた節がある。事実、三池監督は脚本を作りながら、「いまどきの価値観を持ち込み過ぎてはいけない」と肝に銘じ、登場人物に対する共感を観客から得ようとは考えなかったという。むしろ言葉をそぎ落とし、「どんどん原作に近づけて、今の時代劇慣れしていない観客にとって不親切にしていった」と明かす。
そういった考え方は俳優の演出にも反映されている。三池監督は、時代劇の中の人間に「おもねるのではなく」、具体的には、「半四郎という人間を、こちら側の都合のいいように引き寄せるという作業は避けること」を心掛けた。その点で海老蔵さんのことを「僕らとの距離感をすごく大事にした。(海老蔵さんの)そのたたずまいはやっぱりホンモノ。正座しているだけで違う。まねることができない」とたたえる。
映画では、62年版のタイトルが「切腹」だったように、今作にもそれにまつわる場面が出てくる。原作ではあっさりと表現されているこのシーンは、「切腹」ではやや丁寧に、三池版ではさらにしつこく描いている。「映画は、多くの人に見てもらわないとならないから、そういう場面は本気で描いちゃいけないといわれますが、最低限あれくらいじゃないと。実際はもっと壮絶なもの」と、リスクをとらなくなった昨今の映画界に苦言を呈する。そして「イメージしていることの1000分の1しか表現できていない。不自由というか、もどかしい表現方法に僕らは慣れ切っている」と漏らす姿に、自戒の念がにじむ。
今作は、時代劇初の3D映画という点でも話題になっている。しかし三池監督自身は、3Dであることで演出上、配慮したことは「特にない」と話す。「本来、僕らは3Dの世界で生きている。それを(これまでの映画は)技術的にできなかったから2Dで表現していただけ。だからむしろ3Dらしさというのを極力出さないよう、飛び出すような表現はあえて避けた」。とはいえ、臨場感は出た。半四郎の心の痛みは、確実に観客に伝わるはずだ。
<プロフィル>
1960年大阪府出身。横浜放送映画専門学院を卒業後、今村昌平監督や恩地日出夫監督に師事。91年監督デビュー。以来、極道モノからアクション、ホラー、ファミリー向け、青春モノなどジャンルを問わず作り続け、業界内では器用な作り手として名高い。海外での評価も高い。他の主な作品に「着信アリ」(04年)、「妖怪大戦争」(05年)、「クローズZERO1、2」(07、09年)、「スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ」(07年)、「ヤッターマン」(09年)、「十三人の刺客」(10年)、「忍たま乱太郎」(11年)など。
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