今年の米アカデミー賞で作品賞、主演男優賞など最多5部門に輝いた仏映画「アーティスト」が全国で公開中だ。1920年代の米ハリウッドを舞台に、白黒の映像とせりふがほとんどない中で紡がれるラブストーリー。映画がサイレントからトーキーに移ろうとしていた時代、サイレント映画界きっての男優スター、ジョージ・バレンティンと、新人女優ペピー・ミラーの切なくも甘い恋がつづられていく。自身も監督賞を受賞したミシェル・アザナビシウス監督が、3月上旬、オスカー像を引っさげ来日した際に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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「(アカデミー賞)授賞式が終わってから周囲の私を見る目が変わったかもしれませんが、私自身、大きく変化したことはありません」と、構想10年ののちに完成させた今作の、映画界最大級の祭典での受賞を喜びながら、あくまでも平常心を保っているアザナビシウス監督。監督にとって来日は、06年の東京国際映画祭で、自身の作品「OSS117 私を愛したカフェオーレ」が東京サクラグランプリを獲得したとき以来2度目。監督自身がオスカー受賞後、変わっていないのと同様に、日本に対する印象も「それほど変わっていない」といい、「非常に人間的な街で、出会う人たちもとても感じのいい人ばかり」と笑顔を見せる。
サイレント映画を撮りたいという自身の願いの実現のために、そのリサーチのために米国はもとより、自国フランス、ドイツ、ロシア、英国など、300本を超える各国の映画を片っぱしから見たという。その中には、F・W・ムルナウ監督の「サンライズ」(1927年)や、キング・ビダー監督の「群衆」(1928年)もあった。さらに、主演の2人、ジョージとペピーの人物像には、ダグラス・フェアバンクスやフレッド・アステア、グロリア・スワンソン、グレタ・ガルボといった名優たちの姿や経歴を参考にしたという。
そうして出来上がった今作のジョージ役のジャン・デュジャルダンさんと、ペピー役で監督の妻でもあるベレニス・ベジョさんの演技は、どこか懐かしく、とてもロマンチックな雰囲気を醸し出している。2人の功労はたたえてしかるべきだが、もう“1人”、忘れてはならない“名優”がいる。それは、ジョージの愛犬として登場するジャック・ラッセル・テリアのアギーだ。02年米国生まれのアギーは、今作での前脚で顔を隠したり、死んだふりをしたりという演技が認められ、カンヌ国際映画祭での、優秀な演技をした犬に贈られるパルムドッグ賞に加え、今年から始まった犬版アカデミー賞、ゴールデン・カラー(金の首輪)賞でも最優秀賞を受賞している。捨て犬で安楽死寸前のところを調教師に引き取られたという過去を持つアギーの起用を決めた瞬間を、監督は「調教師のちょっとした合図で脚本にあることを完璧にやってのけるのを見たとき、ああ彼に決まりだと確信しました」と振り返った。
今作に、ほとんどせりふがないことについて「通常の映画ではできない、サイレントならではの感動のさせ方や表現方法がある」と語るアザナビシウス監督。サイレント映画は、メロドラマなど「あまりリアルでない映像を作るのに適している」という。しかしだからといって、それを証明するために今作を「実験的に作ったのではない」と力説する。「そうではなく、本当に遊び心満載でできることに魅力を感じて臨んだのです。それに、観客も音がない分、集中できる。自分たちの経験と想像力をフル稼働させてスクリーンに向き合おうとする。その点で、無声映画は観客のものの見方を変える効果があるのかもしれません」と感動だけでなく、観客に与える別の可能性を示した。映画はシネスイッチ銀座(東京都中央区)ほかで全国で順次公開中。
<プロフィル>
1967年生まれ。フランス出身。テレビディレクターからキャリアをスタートさせ、テレビ映画「LA CLASSE AMERICAINE」で監督・脚本を務め、94年には同作を長編映画化。同年、他の作品で俳優デビューも果たす。99年、自身の脚本による「マイ・フレンズ」で長編監督デビュー。06年には、ジャン・デュジャルダンさん主演のスパイパロディー「OSS117 私を愛したカフェオーレ」の監督と脚本を担当。東京国際映画祭の東京サクラグランプリに輝いた。09年、その続編「OSS117:LOST IN RIO」を経て、今作「アーティスト」を初めてハリウッドで撮影し、今年の米アカデミー賞5部門受賞という快挙を果たした。
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