ブック質問状:「空間亀裂」 完成度を放棄するかのような力強さが魅力のディック作品

「空間亀裂」(創元SF文庫)のカバー
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「空間亀裂」(創元SF文庫)のカバー

 話題の書籍の魅力を担当編集者が語る「ブック質問状」。今回は、米SF作家のフィリップ・K・ディックの「空間亀裂」(創元SF文庫)です。東京創元社編集部の小浜徹也さんに作品の魅力を聞きました。

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 −−この作品の魅力は?

 西暦2080年、世界は人口爆発に苦しみ、有色人種は政府の施設で冷凍睡眠させられています。語り手の一人である、世界初の黒人大統領候補は、その対策として、一度は捨てられた他惑星の植民地開発の再開を提言しました。しかしそのとき、ある場所で別世界への小さな亀裂が発見され……というのが骨子ですが、そうした社会批評的な骨格よりも、小説の完成度を放棄するかのような、思いつくままに突き進む筆の力強さと、過剰なアイデアの放つ熱気が、何よりの魅力です。

 −−作品が生まれたきっかけは?

 私自身が平成元(89)年、創元SF文庫で、当時刊行を終了したサンリオSF文庫(サンリオ)の業績を引き継いで、ディックの翻訳刊行を始めました。今回の「空間亀裂」は、ファンの皆さんはよくご存じなのですが、翻訳の順番が後回しにされた「できのよくない」作品なのです。でも、そうした作品でこそ「ディックらしさ」を楽しめるとおっしゃる方も、実は少なくありません。

 −−翻訳された佐藤龍雄さんはどんな方でしょうか?

 佐藤龍雄さんは、21世紀になってからディックの翻訳をずっとお願いしていて、今回で5冊目になります。ディックの陰鬱なところ、すっとぼけたところを絶妙の語り口で訳していただいています。

 −−編集者として、この作品にかかわって興奮すること、逆に大変なことについてそれぞれ教えてください。

 ディックが突然亡くなったのは、私自身が大学生のころ(82年)でした。昨年、没後30年が過ぎましたが、それだけたった今も、マイナーなタイトルにも反響は小さくなく、代替わりを重ねるファンの方に支えられているのだなと実感します。

 −−最後に読者へ一言お願いします。

 本書の帯にも記念ロゴが付いているのですが、今年、創元SF文庫は50周年を迎えました。ディックのみならず、弊社のSF刊行活動へのご声援もよろしくお願いいたします。

 東京創元社編集部 小浜徹也

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