英国で人気のオーディション番組「ブリテンズ・ゴッド・タレント」で2007年に初代チャンピオンになったことがきっかけで、携帯電話販売員からオペラ歌手となったポール・ポッツさん。彼の人生の逆転劇という実話を基に映画化した「ワン チャンス」が公開中だ。ポールさんが挫折を繰り返しながら、初めての理解者となる女性に勇気づけられて、オペラ歌手になる夢に近づいていく様子を描き出している。「最高の人生の見つけ方」(2007年)のジャスティン・ザッカムさんが脚本を、「プラダを着た悪魔」(06年)のデビッド・フランケル監督がメガホンをとった。このほど来日したフランケル監督は「愛する人を信じ続ける大切さを描いた」と話している。
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オペラ歌手のポッツさんが2007年にリリースしたデビューアルバム「ワン・チャンス」は、全世界で400万枚という大ヒットを記録した。オーディションでの様子がYouTubeで紹介されて世界中を沸かせ、日本でも夢のような物語が話題となった。フランケル監督もYouTubeを見て、一人の人間の人生が変わる瞬間が面白いと思っていたそうだが、ポールさんの物語で一番引かれたのは、オーディションを受けるに至るまでの経緯だったという。
「妻のジュルズは、彼が歌手になれると信じ続けて応援します。その応援を受けて、ポールは最後までやり遂げる。夫婦の姿を中心に描こうと思いました」
地味な外見で子どものころからいじめられっ子だったポッツさんは、大人になっても自分に自信が持てなかった。一緒に暮らす父親も半ばあきれ気味な様子が映画に描かれる。そんなポールさんを最後まで応援していたのは妻だった。オーディションを前に「逃げたくなった」という夫に、妻は「うまくいくわ」と温かくあと押しするシーンも挿入されている。
「実際の2人は、ポールはよくしゃべり、ジュルズは控えめ。でも、このペアの頭脳はジュルズ。彼を導いていると感じましたね」
夫婦の物語を出会いまでさかのぼって描き出した。この出会いこそ「最も見てもらいたいシーン」とフランケル監督は熱く語る。
「駅の待ち合わせに彼が遅れてやって来る。居場所のなかった二つの魂が出会う場面。2人が恋におちる瞬間を目撃するでしょう。恋愛の喜びを分かち合えると思います」
ポール役を演じたのは「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」(11年)のジェームズ・コーデンさんだ。先にキャスティングされていたコーデンさんに対し、妻役を選ぶ作業は難航した。
「オーディションで何百もの女優に会い、アレクサンドラ・ローチに会ったとき、彼女だ!と思いました。モデルみたいではない自然な美しさがあって、狙い過ぎていないユーモアを出せる女優にやっと出会えたと思いました」
早速、前作「31年目の夫婦げんか」(12年)の主演のメリル・ストリープさんに連絡してみたというフランケル監督。アレクサンドラさんは「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(11年)で、ストリープさん演じるサッチャーの若いころを演じていて、2人の女優は知り合いだったのだ。
「彼女はどうかな?とショートメールを送ったら、メリルから、間違いないわよ、雇いなさい、と返信をもらったんです。アレクサンドラは心も温かくて、コーデンとの相性も抜群でした」
映画を彩るのは、「誰も寝てはならぬ」「清きアイーダ」などの名曲の数々。ポッツさんの留学先のベニスや、故郷ウェールズ地方の風景とともに音楽を楽しめるのも見どころの一つだ。歌声はポッツさん本人によるもの。オペラの発声をレッスンしたコーデンさんが歌いながら芝居をし、その芝居に合わせてポッツさんがアテレコをした。
ところで、前作「31年目の夫婦げんか」の夫も不器用だったが、「不器用だけどハートは温かい男性に共感できるんです!」とフランケル監督は語る。ポッツさんの不器用さに共感を抱く男性も多そうだ。ここぞというときにポッツさんに災難が降りかかり、自信をなくす場面もあるが、そんな人生の谷もサラリとユーモラスに描かれていく。これはフランケル監督の人生観なのだろうか。
「その通りです。人生のどんなつらいときも、私はユーモアで切り抜けられると信じています。そして、よかったことに、ポールも同じように考えていました。笑うのが大好きで、自分のことも笑い飛ばせる人です」
オペラ歌手になりたい……。夢へ向かって地道に歩んでいくポッツさんの周囲には、次第に応援してくれる仲間が集まっていく。周囲に背中を押されてポッツさんがオーディションに立つ姿は、見る者に勇気をもたらしてくれる。
「さまざまなインスピレーションを感じる物語だと思います。愛する人を信じ続けること、あきらめないこと。これは繰り返し表現する価値があることではないかと思っています。この映画を見るみなさんと喜びを分かち合いたいと思います」
映画「ワン チャンス」は全国で公開中。
<プロフィル>
1959年、米ニューヨーク州生まれ。94年「マイアミ・ラプソディー」で監督デビュー。テレビシリーズ「フロム・ジ・アース[人類、月に立つ]」(98年)、「バンド・オブ・ブラザース」(2001年)や、「アントラージュ★オレたちのハリウッド(シーズン1)」(04年)の監督を務めた。映画監督作に「プラダを着た悪魔」(06年)、「マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと」(08年)、「ビッグ・ボーイズ しあわせの鳥を探して」(11年)、「31年目の夫婦げんか」(12年)などがある。
(インタビュー・文・撮影:上村恭子/フリーライター)
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