ベルリン、ベネチア、カンヌの世界3大映画祭を制覇している名匠ジャ・ジャンクー監督の最新作「罪の手ざわり」が公開中だ。第66回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した作品で、中国国内で実際に起きた四つの事件をベースに、普通の人々が罪に触れてしまった瞬間を、急速に変貌する社会の中で生きる葛藤とともに描き出す。ジャ監督は「世界には同じ境遇の人々がたくさんいる」と語った。
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映画は山西省から始まり、重慶市、湖北省、広東省と北から南へ移っていく。実業家の汚職で利益を奪われてきた山西省の男。出稼ぎのふりをして強盗で得た金を妻子に送る重慶の男。妻子ある男性との交際で孤独を抱える湖北省の女。工場労働を辞めて職を転々とする広東省の青年。演じる俳優もベテランから新人までさまざま。行き詰まっている4人の事情をその都市の特徴的な風景の中に描き出している。
「4人の主人公は年齢が上の者から順番に、北から南へ、貧しい都市から豊かな都市へ、それぞれの物語が展開されていきます。山西省では殺ばつとした雪の風景で、灰色を意識しました。重慶では川べりの風景に霧がかかっている。湖北省は昔から武俠(ぶきょう)小説の舞台になってきた場所で、シュールなイメージで、山水画のような風景を象徴的に使いました。広東省は緑。一番南にあって都会なので色彩も豊かです」
暴力的になる事情は4人それぞれなのだが、「一つにつながるように『起承転結』を持たせた」とジャ監督は話す。
「『起』に当たる最初の話は、汚職に怒った末に起こす、一番分かりやすい暴力。一番速いリズムで撮っています。二番目に出てくる男の暴力は、田舎にいて貧しい、仕事がなくてつまらないといった精神の貧困からやってくる。三番目の女は個人の尊厳を踏みにじられて感情を爆発させます。最後に、実際に今の若者が直面している問題を持ってきました」
最後の物語を若い人の話にしたのには理由があった。
「映画、文学、詩などでまだ語られていない、今の中国の姿を最も象徴している話だから最後にしました。若者の事件は直接的な暴力ではない分、ほかの3人とは世代の違いもあります。舞台である東莞市は、韓国や台湾などの世界の企業が集まっています。地方の貧しい地域から多くの若者が出稼ぎに来る。しかし、そこに定住して発展していくことができず、夢を失って絶望してしまう若者があとを絶ちません」
デビュー作「一瞬の夢」(1997年)以来、一貫して個人の運命を描いてきたジャ監督。そのテーマは変わらないが、罪に走る人々を描くのは初めてだった。
「暴力は人間の中にある本能の一つ。でも、この映画は暴力を告発したり、社会へ警鐘を鳴らすものではありません。暴力そのものを映したかったのです」
今回、初挑戦となったバイオレンスシーンでは、香港からアクション監督を呼んで迫力のあるシーンを作り出した。参考にしたのは、武俠小説や武俠映画だった。今作の英語タイトル「A Touch of sin」は、自身の大好きなキン・フー監督の武俠映画「俠女」の英語題名「A Touch of Zen」へのオマージュだ。湖北の女を演じるチャオ・タオさんが、返り血を浴びながらナイフを振り回し、「俠女」を連想させる。
「僕の育った山西省には、武俠映画に出てくる人みたいに、よくフラフラしている人がいたものです(笑い)。文化大革命が終わってまもなくのころ、中学生でビデオシアターで武俠映画をよく見ました。武俠映画は、急激に変化を遂げる社会の中で苦境をしいられている個人を描いていて、抑圧の中で暴力をふるう現代の人々と共通点があります。事件を映画にすることで、人間として何があったのかを観客に考える機会を作ることができます。人間の感情の背景をイマジネーションして再現することが、アートであり、映画を作る意義だと思っています」
今のところ、本国での上映は未定だが、これまで上映された世界の国々では「自分の国で起きた事件のようだ」といわれたという。
最後に「中国の急激な変化は、中国人から見ても早過ぎると思うが、世界にも同じような境遇の人々がいっぱいいます。発展の陰で労働者が疎外され、貧困に苦しむ。人生が切り開かれていく可能性が、人々に公平に与えられるような社会になってほしいと思います。日本の方々にも身近なものとして見ていただけるのではないでしょうか」とメッセージを送った。東京・渋谷のBunkamuraル・シネマほか全国で順次公開中。
<プロフィル>
1970年生まれ、中国山西省出身。97年、北京電影学院卒業。その卒業制作での長編劇映画「一瞬の夢」が、98年ベルリン国際映画祭フォーラム部門でワールドプレミア上映され、最優秀新人監督賞を受賞するなど、世界の映画祭でグランプリに輝き、国際的な注目を集める。「プラットホーム」(2000年)、「青の稲妻」(02年)、「世界」(04年)と、世界の映画祭で好評を博し、「長江哀歌」(06年)でベネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を受賞。今作は「青の稲妻」「四川のうた」(08年)に続く、3度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品となり、脚本賞を受賞したほか、世界の映画祭で賞を獲得している。
(インタビュー・文・撮影:キョーコ)
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