her/世界でひとつの彼女:スパイク・ジョーンズ監督に聞く 赤色を使って「温かみのある映画に」

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 今年の米アカデミー賞で脚本賞に輝いた「her/世界でひとつの彼女」が全国で公開中だ。近未来の米ロサンゼルスを舞台に、人工知能(AI)型のオペレーティング・システム(OS)に恋をした男の、切なく優しい物語がつづられていく。脚本を書き、メガホンもとったスパイク・ジョーンズ監督に来日の際、話を聞いた。

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 ◇サマンサの声を編集段階で再考

 ジョーンズ監督が「セオドアは、長い間自分と一緒にいた人と別れ、人とつながることに不安を覚えている。孤独で、愛を求める心が強まっていて、女性に対する自信も揺らいでいる。映画はそこからスタートするんだ」と語る今作は、手紙を代筆する会社でライターをしているセオドアという男が、ある日、AI型のOSを起動させたことで、“サマンサ”と名乗るAIと恋に落ちていくラブストーリーだ。

 セオドアを演じているのは、アカデミー賞で3度のノミネート歴を持つホアキン・フェニックスさん。彼を起用した理由をジョーンズ監督は「ホアキンのことは、最初はあまり知らなかった。もちろん、痛みや不安といった感情はちゃんと演じられると思っていたけれど、軽妙さや遊び心がある今回の役には向かないような気がしていた。だけど、会って5分でその考えを改めたよ。というのも、彼は自分が出演したケイシー・アフレックの監督作『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年)を引き合いに出して、『自分は2度と俳優として使ってもらえないかもれしれない。ハハハ』と笑い飛ばしてみせたんだ。その瞬間、僕は彼をセオドア役に決めた。これまであまり演じる機会を与えられてこなかった彼の軽妙さを、今回の役では見せられると思ったんだ」と明かす。

 セオドアの相手役サマンサを演じるのは、「アベンジャーズ」(12年)や「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」(14年)のブラック・ウィドウでおなじみのスカーレット・ヨハンソンさん。といってもヨハンソンさんは声だけで、姿は一切現さない。それでも、ジョーンズ監督が「映画を見ている人も、彼女を感じることができるはずだ」というように、ヨハンソンさんはその存在感をしっかりと映画に焼き付けている。

 今となってはサマンサ役にヨハンソンさん以外は考えられないが、実は最初、この役には、「マイノリティ・リポート」(02年)や「ジョン・カーター」(12年)に出演していたサマンサ・モートンさんが起用されていた。実際、彼女の声で収録もされたという。ところが、編集段階で違和感を覚えたジョーンズ監督は俳優を再考し、新たにキャスティングされたのがヨハンソンさんだった。「それでも映画にはサマンサ(・モートンさん)のDNAは残っている。ホアキンは、彼女(モートンさん)の声を聴きながら演技したわけだからね」とジョーンズ監督は公式インタビューで語っている。

 ◇賞をとってもモノ作りに対する不安は変わらない

 さて、今作は近未来が舞台ながら、ほかのSF作品にあるような「ハイテク系のツルっとした光沢感」はない。代わりにあるのは「われわれが暮らす今の世界をちょっと誇張した世界観」だ。それは「孤独でメラコリックなセオドアの心」を表現するものであり、そこには、赤やオレンジ、イエローといった色がポイントとして使われている。そういった色を使ったのは、「誇張したポップな世界であるからという理由と、温かみのある映画にしたかったからだ。だから、青は使わないようにした」のだという。中でも赤については、「愛の象徴と取ることもできるし、セオドアの心の温かさを表現しているとも取れる。また、誰もがみな何かを求めている、その感覚もまた、赤なのかもしれないね」と語った。

 今作でのアカデミー賞獲得については、「意義深いことだし、この映画は僕にとって大切なものだったから、それで受賞できたことはとても大きい」と話す。その一方で、今後の創作活動に与える影響は「あまりない」と言い切る。そして「いいように作用すれば、それはいいことだけれど、新たな脚本を書くとなると、また空白のページとにらめっこすることになるだろうし、賞をもらったからといって次の作品がいいものになるとは限らない。モノ作りに対する不安はこれからも変わらない。書くということはエキサイティングなことだけれど、決して簡単な作業ではないからね」と語った。

 ところで、ジョーンズ監督といえば、MTVの人気番組から生まれた映画「ジャッカス」シリーズのプロデューサーとしても知られる。かたや、出演者が体を張ったウケ狙いのパフォーマンスを繰り広げるおバカ映画。かたや、人間とAIのロマンスを描いた究極のラブストーリー。その二面的な発想の源をたずねると……。

 「僕は、二面的どころか多面的な人間でありたい。人間って多面的な生き物だし、『ジャッカス』と今回の『her』の両方を楽しんだという人がたくさんいることも知っている。それでいいと思う。僕は、自分がそのとき感じているものを掘り下げて、モノ作りをしていけたらと思っている。ジョニー・ノックスビル(「ジャッカス」の主演)とくだらないことをやるのもいいし、その一方で、今回のように、悲しいという気持ちを表現するのもいいと思っている」と、作品との向き合い方を説明する。ちなみに「ジャッカス」のジェフ・トレメイン監督とノックスビルさんとは「ジャッカス」以前からの知り合いで、「一緒にスケートボードのビデオを作ったりしてきた歴史ある仲間」と表現。そんな彼らと作る「ジャッカス」は、ジョーンズ監督にとってとても大切な作品のようだ。

 ジョーンズ監督は今作について「たくさんの意味を持っているだけに、あまり説明したくない」とも話す。というのも「(作品には)そのとき感じていたことがこもっている。偉大な詩人は別として、自分が感じたことを言葉にしてしまうと、それが陳腐なものになってしまうような気がする」からだ。だからこそ観客には、「自分なりに解釈してもらいたい」と強調する。そして「僕は、自分が作るストーリーで、何がいいとか悪いとか、これを感じてほしいとか、そういうものを押しつけたくないんだ、絶対にね。僕の中には、僕が理解しようとしていること、混乱していること、いろんな感情やアイデアがたくさんあって、それはぶつかりあったりしている。その中から映画を作っている。見た人の解釈がバラバラなのは、僕にはむしろ望ましいこと。だから、観客によっていろんな解釈ができるというのは、ものすごく褒め言葉なんだ」と評価を観客に委ねた。映画は全国で公開中。

 <プロフィル>

 1969年生まれ、米国出身。スケートボードのビデオやフォトグラファーとして活動を始め、MTVの演出やミュージックビデオの監督を務める。2000年、「マルコヴィッチの穴」で映画監督デビュー。他の監督作に「アダプテーション」(03年)、「かいじゅうたちのいるところ」(10年)などがある。プロデュース作に「ヒューマンネイチュア」(02年)、「脳内ニューヨーク」(09年)。また、テレビ番組と映画版「ジャッカス」(00年~)シリーズでは製作や脚本に関わっている。

 (取材・文:りんたいこ、写真:Taro Mizutani)

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