50年以上にわたり斬られ役を演じ、“5万回斬られた男”の異名をとる福本清三さんの初めての主演作「太秦ライムライト」(落合賢監督)が全国で公開中だ。福本さん演じる京都・太秦にある撮影所所属の大部屋俳優、香美山(かみやま)清一と、駆け出し女優、伊賀さつきの師弟愛と、斬られ役として生きてきた香美山の矜持(きょうじ)が、チャップリンの名作「ライムライト」をモチーフに描かれていく。「僕が主役の話なんて……」としきりに恐縮する福本さんに話を聞いた。
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−−初めての主演作。脚本を書いたのは、日本チャップリン協会会長の大野裕之さんです。最初に脚本を読んだときの印象を教えてください。
(台)本ができたから読んでくださいと(依頼を)もらったんですけど、僕が主役の話なんてとんでもないとずっとお断り続けていたんです。実現すると思わなかったから、撮影直前まで読んでなかった。そうしたらいろいろ話が進んできて……。
大野さんは、僕のことをよく知ってくれていたから、僕の日常生活みたいなところや、うちのメンバーが役者をやめていくこととか現実のことも入れてドラマにしてくれたけど、こんな恥ずかしい話やめとこう、と思いましたよ(笑い)。
−−でも実現しました。スクリーンでご自分の姿を見ていかがでしたか。
あの顔、見てみなはれ。目は落ち込んでるし。1週間くらい寝られへんかったからね。肉体的にはなんとでももつんですけど、精神的なものですから。ほんまお客さん来てくれるんやろかとか、どんな映画ができるんやろかとか、いらんこと考えて、ほんとに寝られへん日が続きました。だから芝居のことなんかなんにも考えてなかった。
−−一番難しかったシーンはどこですか。
みんな難しかったですよ。芝居できへんのやから(笑い)。監督さんに、ほんまに迷惑かけました。ちゃんとした役者さんがやっていたら、もっとちゃんとした映画になってんのになあと思ったりね。50年やってきてこれかいなと、あまりにも情けなさ過ぎて……。
−−いえいえ、斬られ役としての矜持が伝わってきて感動しました。福本さん“お得意”の、体をエビのように反らせて倒れる姿も見られましたし。あのとき、かなりの勢いで倒れ込んでいたので、大丈夫なのかと心配しました。
あのときはマット敷いてましたけど、自分でけがせんようにやってますからね。立ち回りにけがはつきもんです。それが嫌やったら倒れられへんです。そういうことも覚悟で、若い頃はようやりました。
−−印象に残っているせりふと場面はどこですか。
僕が、(松方)弘樹さんがやっている御大に、(立ち回りのあと)「腕が落ちましたな」うんぬんという場面があるんですが、僕らからスターさんにそんなこと言えるはずがない。これはちょっとあかんわと思ったんですけど、そのせりふが一番残ってますね。シーンでは、仲間がラーメン屋をやるからとやめていくところですね。
−−福本さんご自身は、ニュージーランドで「ラストサムライ」(2003年)を撮影中に東映京都撮影所の定年を迎えられたのですよね。今回の映画では、香美山が引退するエピソードがありました。映画とはいえ、感慨深いものがあったのではないですか。
映画では、(映画村のショーを)お客さんの前でやるのは役者として恥やという撮り方をしていますが、ほんまは逆なんですよ。映画村でショーをやらせてもらうということは、お客さんに喜んでもらえるという商品価値があるから使ってもらえる。なかったら使ってくれまへんがな。だから実際は逆なんですが、お客さんが見てくれない中でやめていかないかんというのは、僕がこれを撮って、お客さんほんまに来てくれはるかというのと一緒ですよね。やっても誰も見てくれへん寂しさというもんは、人間として計り知れないものがあんじゃないですか。
−−香美山が殺陣の稽古(けいこ)をつけるさつき役の山本千尋さんは、世界ジュニア武術選手権大会で金メダルをとるほどの腕前です。共演していかがでしたか。
武道の人はまず目力が違う。彼女は世界チャンピオンですから、技術的にも、度胸にしても僕らと違う。映画の中では僕が先生の役。でも、パッとできちゃうわけですよ。なんにもするなといってもすっと出る。だから、できるのにできんような芝居をせないかんというのが、彼女は一番つらかったと思いますよ。
−−ひと頃より盛り返しましたが、それでも時代劇は少なくなっています。そういう中で福本さんご自身、思うことはありますか?
(時代劇がもっと)あってほしいのはほしいんですけど、でも、そんな時代と違うやろと僕は思うんですよ。いろいろな映画があって、立ち回りもいろいろな形があっていいと思うんです。僕らがやっている東映の立ち回りは、確かに、これが時代劇だというものかもしれんけど、そういう立ち回りがあったり、ピアノ線を使ったり、今度の「るろうに剣心」ですか、そういう立ち回りがあったり、それはそれでええんやないかと僕は思います。最後にお客さんが喜んでくれたらええんやからね。主役も変わってきて、ヅラ(かつら)かぶらんとやるのもあるんやからね。ただ、リアル、リアルいうてね、ヅラかぶって、ここ(もみあげ)だけ自分の使って、それでリアルさを……というのは、ちょっと待てよと思ったりするんですけどね(笑い)。
−−福本さんは、15歳で東映京都撮影所に専属演技者として入所なさってからこれまで、映画やテレビの時代劇などで“斬られ役”を演じてこられました。これまで仕事をなさってきて、最も印象に残っている監督さんや俳優さんはどなたでしょう。
僕が一番よかったのは、監督さん、スターさん、僕らみたいな斬られる先輩、その“トップ”がそろっていて、お手本が全部目の前にあったちゅうことです。見て覚えて、いろんなことを全部吸収できた。あの人はすごいなあとか、あんな斬り方ってあんのかいなとか、死に方を見て、こうやりたいなとか、そういうことをやってましたからね。僕ら(の時代)は一番恵まれていましたよ。
−−“エビ反り”もその“研究”から生まれたのですか?
斬り方は全部教えてくれますが、斬られたあとの倒れ方ちゅうのは、教えてくれないんですね。そういうのは自分で考えんと。昨日、今日ではできない。あいつ面白か、と思ってもらうように、常日ごろずっとやっていかなあかんわけですよ。若いもん同士が(立ち回りを)やってどーんと倒れた、あいつエラい倒れ方しよんなとか、そういうもので(周囲の)目に焼きつけんと使ってくれない。エビ反りをやり出したのは、主役の顔は映っていても、僕らは頭(後頭部)しか映らないわけですよ。だから、僕が逆さになったら、主役の顔と僕の顔が映るんじゃないかというのでやったのが始まりです。それだけのことですよ(笑い)。
−−本当に5万回斬られたのですか?
そんな斬られるわけないじゃない(笑い)。何千回ですよ。(*東映京都撮影所のスタッフによると、「5万回」は福本さん自身の言葉ではなく、ある取材の時に記者が「2万回」と言ったことから、数字が勝手に増えていったのだそうだ)
−−改めて、今回の映画、どこに注目してもらいたいですか。
おこがましい。そんなんないですよ。しいていえば、一生懸命やれば誰かが見てくれるよ、ということをチラっとでも思ってくれれば。
−−今後の抱負を教えてください。
何もあらへん(笑い)。いやいやほんま、なんにもないですよ。仕事いただけたらいただけたでいいし、なかったら自分が悪いんやからね。年も年だし、そんな期待もしてない。1本(主演作に)出してもらったからって、どこが使ってくれますがな。世の中そんな甘いもん違いますよ。
<プロフィル>
1943年生まれ、兵庫県出身。58年、15歳で東映京都撮影所に専属演技者として入所。以来50年以上にわたり映画や、「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」などのテレビ時代劇を中心に“斬られ役”として活動を続けてきた。2003年にはトム・クルーズさん主演作「ラストサムライ」に日本人キャストの一人として出演。主な映画出演作に「仁義なき戦い」シリーズ(1973年~)、「宇宙からのメッセージ」(78年)、「蒲田行進曲」(82年)などの深作欣二監督作品をはじめ、最近では「桜田門外ノ変」「最後の忠臣蔵」(ともに2010年)、「利休にたずねよ」「ジャッジ!」(ともに13年)、「父のこころ」(14年)など多数。待機作に、7月公開の「幕末高校生」、15年公開予定の「木屋町DARUMA」がある。自らの半生を語った回顧録「どこかで誰かが見ていてくれる」「おちおち死んでられまへん」(ともに小田豊二さん著)の2冊を出版している。殺陣技術の向上・発展と継承を目的に、殺陣師の足立伶二郎さんらを中心に1952年に発足した殺陣技術集団「東映剣会」で、現在会長を務める。
(インタビュー・文・撮影:りんたいこ)
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