東京都台東区の上野や浅草を舞台にしたコメディー映画の祭典「したまちコメディ映画祭 in 台東」(したコメ)が13日に開幕した。今年で7回目の開催となる「したコメ」は、東京の下町の魅力をコメディー映画を通じて存分に味わってほしいという思いから、いとうせいこうさんが総合プロデュースするコメディー映画祭で、国内外の新作や旧作、名作に珍作、異色作から選び抜かれたコメディー作品が楽しめる。浅草在住で映画祭の総合プロデューサーを務めるいとうさんに、映画祭誕生の経緯や下町の魅力、今年の上映作の見どころについて話を聞いた。
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2008年の初開催から今年で7回目を迎える「したコメ」は、日本でも唯一、コメディーを題材に掲げる映画祭で、盛り上がりは回を追うごとに高まり続けている。台東区在住で台東区フィルムコミッションに参加し、ロケ誘致の方法などを考える会に参加していたいとうさんが、「映画業界とかテレビ業界に『浅草とか上野はロケオーケーですよ』といちいち言うよりも、映画祭に呼んじゃったら早いじゃない」と提案したところ、横にいた井上ひさしさんが「コメディー専門にしたらいいよ」と助言をくれたという。「できるかもしれないと思って僕が知っていたスタッフたちに連絡して相談しました。下町の人は気が短いから区長からすぐオーケーが出ちゃって、すごく大慌てで始めました(笑い)」と楽しそうに振り返る。
「したコメ」はコメディーにスポットを当てるという異色の映画祭だが、「みんなコメディー専門であることのある意味難しさ、チャレンジングなことをしていることが分かっているから、協力もしてくれやすい」といとうさん。続けて、「ただの映画祭だったら日本にも数多くあるから、目立つというのはなかなか難しいだろうなと。僕もコメディーに詳しくないわけではないので、何か面白いことはできるじゃないかな、とは思っていたら、意外なほど賛同者が多かった」と当時の心境を明かす。
これまで映画祭で上映した作品の中からヒット作も生まれているが、上映作品決定までどんなプロセスを踏むのだろうか。「事務局が常に情報網を張っていて、僕からも毎月1回ある会議で『コメディー栄誉賞を今年はこんな形にしたいんだけど』とか、お互いにアイデアを出し合っている」と切り出し、「大変だけど、面白いのは“映画は水もの”だから。結局(映画祭に)出せませんでしたとか、こっちは東京国際映画祭に行きましたとか(笑い)、そういうことがあるからいつもドキドキします」と言って笑う。そして、「幸せなことに、業界の人たちが『したコメだったら出したいです』と協力体制でやってくれています」と感謝する。
多忙を極める中でプロデュースを手がけているいとうさんだが、「みんながすごく面白いことを言ってくるからさ(笑い)。やっぱり、僕もそこに応えなきゃならいないし、それ以上の面白いことを僕も思いついて会議で言いたくなるじゃない」と笑顔で語る。内山勇士監督の「野良スコ」シリーズを例に挙げて、「面白いことを性懲りもなくやるなと思い、うちでやるのはいいけど、やるんだったらバックが台東区のものを作ってほしいし、僕らのこともカメオ出演で出るような特別作をやらないと」と依頼し、内山監督からは「オーケーです」と返答があったという。「特別編を作ってくれとか、ある意味、むちゃぶりなわけ」と自省しつつ、「クリエーターたちも『したコメ』だったら面白いことを、自分たちのクリエーティビティー、面白がってやってくれるというのが一番ありがたい」としみじみ語り、「僕も『野良スコ』見たいですもん」と期待する。
「少林サッカー」のチャウ・シンチー監督「西遊記~はじまりのはじまり~」はじめ、注目作が目白押し。特に気になる作品を聞くと、「『テッド』のセス・マクファーレン監督の『荒野はつらいよ』は、アメリカン・コメディーのある意味、“お下劣な”ものとしては面白いと思うので、(新作は)チェックしたい」と例に出したのを皮切りに、「僕はタイの『愛しのゴースト』を推してるんだけど、本当に『おいおい』って突っ込むほど面白い」と絶賛。「ロマンチックなシーンがあるんだけど、いきなりずっこけギャグが入ったりと、もうテンポが読めないんだよね」と笑いを交えつつ、見どころを解説する。
さらに、「(ジャック・)タチ(監督・脚本・製作)の『僕の伯父さん』を不忍池の隣にある水上音楽堂という半野外の風が入ってくるような場所で見るというのは、すごくいいと思う」と話し、「細野晴臣さんが来てくれるのですが、細野さんが最初に買ったシングルが『ぼくの伯父さん』の日本語版だったという事実が今回分かって、その話も聞けるし、細野さんがギターを持ってきてくれるということまでは決まっているので、なにか(音楽の)プレーがあるんじゃないかなと期待するところです」とアピールする。
今回、初めて上映される平成中村座のシネマ歌舞伎については、「(故・中村)勘三郎さんの『法界坊』は大コメディーで本当におかしくて、それを余すところなく映したシネマ歌舞伎をやれる」と喜び、「“お茶子さん”という平成中村座のために会場整理や物販などをしてきた人たちから、『旦那(勘三郎さん)の「法界坊」をやるんだったら手伝わせてほしい』と申し出があった」と明かす。「初めて歌舞伎を見る人はカジュアルな格好で来てくれてオーケーだし、平成中村座を愛していた人たちはぜひ、お着物で勘三郎さんの歌舞伎を見に来た時と同じような気持ちで見に来てほしい」と希望し、「自分は始まった時にじんわり泣くなと分かっている企画だね……」とほほえむ。
初めてはまったポップカルチャーは?と聞くと、「(1960年代の番組)『デン助劇場』は面白かったか面白くなかったかは別として、土曜日には絶対見ていた」と言い、「ドリフ(ターズ)もそうですけど、当時は舞台を生で中継するというテレビの作り方があった。だから今でも僕が出る番組も生放送が異様に好きなのはそういうところで、トラブルがいっぱいあったのを見ているんだと思う」と自身のルーツを明かす。そして、今年の「コメディ栄誉賞」に選ばれた西田敏行さんについて「『したコメ』を通してお会いできたり呼んだりできるのは、すごくありがたいこと。西田さんは映画祭で決めてくれると思いますよ」とうれしそうに語る。
映画祭を手がけるプロデューサーとして映画の楽しみ方を聞くと、「DVDで見た時には分からないギャグが、みんなで見ると分かるというのは映画館で見る時の妙」と言い、「映画というメディアは集団で闇の中で見るということが重要な特性だ」と分析。いとうさん自身も「自分以外の人と見るということを体験することでギャグセンスも広がり、僕も映画館で学んだことはずいぶんある」と言い、「大学の頃、『勝手にしやがれ』を見ていたらすごく残虐なシーンで、前のほうにいた外国人たちが笑っていて、残酷なことでも笑ってもいいというのはそこで覚えました。映画というものにはそういう魅力があるので、ぜひスクリーンに見に来てください」と力を込める。
上野や浅草の魅力を「“ざっかけない”という言葉があるけど、気取らないということ」と語り、「(『したコメ』の)パンフを持ってお酒を飲みに行ったら『あそこでやっている映画祭だろ』みたいな感じで(観客が)話し掛けてくると思う」と笑う。そして、「いろんな文化がぶつかり合っている面白さは新宿だけにあるわけじゃなくて、下町にもある。でも、一本(道を)入ったら日本情緒しかないとか、いろんな側面が下町にはある」と下町のよさを説明し、「映画祭のプログラムでもいろんな側面を出しているけれど、実際に自分たちで街を歩いて楽しんでもらうまでが『したコメ』」と力説する。そして「家に帰るまでが『したコメ』だからね!」とユーモアたっぷりにアピールした。映画祭は16日まで開催。
<プロフィル>
1961年生まれ、東京都出身。88年に小説「ノーライフ・キング」で作家デビューし、以降も小説、ルポルタージュ、エッセーなど数多くの著書を発表。99年に「ボタニカル・ライフ」で「第15回講談社エッセイ賞」を受賞。執筆活動を続ける一方、音楽家、テレビ出演、イベントプロデュースなど多方面で活躍する。テレビのレギュラー出演番組に「ビットワールド」(NHK Eテレ)、「オトナの!」(TBS)などがある。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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