韓国の人気俳優チャン・ドンゴンさん主演のアクション映画「泣く男」が18日に全国で公開された。メガホンをとったのは、「アジョシ」(2010年)で数々の映画賞に輝いたイ・ジョンボム監督。「『アジョシ』とは違ったリアルな銃撃戦を見せたかった」という監督に来日時に話を聞いた。
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映画は、一人の殺し屋ゴンの贖罪(しょくざい)を描く。幼い頃、米国で母親に捨てられ、殺し屋に育てられたゴンは、中国系犯罪組織で殺し屋として働いていた。ゴンは任務中に過って一人の少女を殺めてしまう。罪悪感に苛まれるゴンに組織が命じたのは、重要な情報を知りうる少女の母親の殺害だった……というストーリー。
ゴンを演じるのは、イ監督が「キャスティングするとき、唯一彼だけにシナリオを渡した。それだけ最初から適役だと思っていた」と話すチャンさんだ。体中に入れ墨を施し、組織に命じられる通りに仕事をこなしていくゴンに、これまでチャンさんが演じてきた役柄の面影はない。イ監督によると、シナリオを読んだときチャンさんには「今までのドラマや映画で見せた優しい演技から脱却したいという欲があった」ようで、「そういう気持ちがあるならぜひ」と、チャンさんにゴン役を託したという。
ゴンを演じてもらうに当たっては、「銃の怖さを実感し、ゴンの職業がこういうことなんだと認識してもらう」ために、銃弾を受けて亡くなった人たちの「怖くておぞましい」映像を見てもらったという。そこにはイ監督の「銃好きの人間がただ銃を撃ちまくるのではなく、銃の怖さを見せつける、また人の感情を銃で表現しているような銃撃戦にしたい」という、派手さを売り物にしたハリウッドのガンアクションと差別化を図る意図があった。
一方、チャンさんは渡米し、FBI特殊要員の教官から射撃の手ほどきを受け、今回の役に備えた。その3カ月前からアクションスクールにも通い武術訓練にも励んだ。上半身が裸になる撮影のときには、3時間かけて入れ墨をペイントしたという。そんなチャンさんをイ監督は「本当に頑張ってくれました」とたたえる。そして、野良犬のような目で街を徘徊(はいかい)するチャンさんの演技に、「母親に捨てられた野獣が野原をさまよっているような目つきがすごくよかった」と賛辞を惜しまない。
ちなみに1971年生まれのイ監督も、72年生まれのチャンさんも、ともに韓国芸術総合学校の卒業生。しかし、監督は「映像院」、チャンさんは「演劇院」で専攻が違ったことと、当時すでにチャンさんは「大スター」で「僕はただの一般人(笑い)」。「会話をしたことはなかった」そうで、そのせいか、このインタビューでチャンさんについて語るイ監督の言葉の端々には、“先輩”というよりチャンさんを年上のように敬う様子が感じられた。
イ監督が、「実は、エンディングからシナリオを書き始めた」という今作。ゴンは自らの命を懸けて組織との闘いに身を投じていく。その自己破滅的な生き方は、これまでイ監督が描いてきた作品の主人公と重なる。イ監督自身、「自らを破滅に追い込む人間にすごく引かれる」という。ただ、そこで大事なのは「贖罪の意味があることだ」と話す。「(デビュー作の)『熱血男児』にも、これから殺そうとしている男の母親に謝るというシーンが出てきます。今回も、殺してしまった少女の母親への贖罪の気持ちがある。いずれも悲しい運命を背負った男の物語。それぞれが悲しい環境に置かれていますが、(贖罪の気持ちがあることで)本人は精神的に成長したのではないか」と、単なる自己破滅型の人間とは違うことを強調する。
イ監督の作品ではまた、「母親」が重要な役割を果たす。「自分でもその理由は分からない」としながら、「私が考えるに、母親とは人を成長させてくれる存在。相手を許したり、自分を許したり、謝罪をする。そういう要因を作ってくれるのが母親ではないかと思う」と説明する。
印象に残るシーンに、少女の母親(キム・ミニさん)が、娘が生前、学芸会で歌っている映像を見て涙するシーンと、終盤のゴンがエレベーター内で銃撃される場面を挙げる。後者についてイ監督は、撃たれるたびに衝撃で後ずさるチャンさんを演出するために、大勢のスタッフでチャンさんの体をワイヤで引っ張ったことを明かし、「一人でもタイミングがずれると、チャンさんの体が後ろにいかないので、みんなで力を合わせて頑張りました。俳優たちに感謝しているのはもちろんですが、ワイヤを引っ張ってくれた人たちにも感謝しています」とスタッフを労った。
「実は私は4年に1度、映画を撮ってきたので、“ワールドカップ監督”と呼ばれているんです」と笑う。「そういう肩書から抜け出したい」と、すでに他の人が書いたシナリオで次回作を検討中とのこと。「次がアクションになるかは分かりませんが、いずれにしても、しっかりとした骨太なドラマを撮りたいと思っています」と意欲を見せる。
影響を受けた映画監督に、マイケル・マン、ジョニー・トー、ジョン・ウー、日本では、北野武、黒澤明、黒沢清、深作欣二、森田芳光、岩井俊二といった監督名を挙げ、さらに最近では是枝裕和監督の作品がお気に入りで、「それぞれの監督が作る作品のジャンルは違いますが、その内容が好き」なのだと話す。このインタビューの同日に行われた会見では、「女優さんと何を話していいか、どう演出していいか分からないときがある」とシャイな一面を見せていたイ監督だが、「いつか女性を主人公にした映画を撮ってほしい」と水を向けると、「『アジョシ』を撮ったとき、次は『アジュンマ(おばさん)』という映画を撮ればと言われたことがあります。撮れるかどうか分かりませんが……」と照れ笑いを浮かべた。
最後に日本の観客にメッセージを求めると、「『泣く男』は、チャン・ドンゴンさんが殺し屋に扮(ふん)したアクション映画ですが、それ以前に、人間の内面を描こうと努力して撮影した作品です。チャン・ドンゴンさんもキム・ミニさんも、真心を込めて、誠意をもって演じてくれたので、その点をしっかり見てほしい」と力を込める。その上で、「私が聞いた話では、日本の観客の方々は映画を見るときディテールにまで目を向けてくださるそうなので、彼らの内面を逃さず見ていただければ、豊かな映画だと思っていただけるはずです」とアピールした。映画は18日から全国で公開中。
<プロフィル>
1971年、韓国・忠清道生まれソウル育ち。韓国芸術総合学校卒業後、2000年に短編映画「帰休」をトロント国際映画祭等に出品。06年、初の長編映画「熱血男児」を発表。2作目の「アジョシ」(10年)は、数々の賞に輝いた。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)
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