注目映画紹介:「この国の空」終戦間近の許されぬ恋愛と庶民の暮らしを生々しく描く

 「この国の空」のビジュアル (C)2015「この国の空」製作委員会
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「この国の空」のビジュアル (C)2015「この国の空」製作委員会

 二階堂ふみさんと長谷川博己さんが主演し、終戦間近の東京を舞台に許されぬ男女の恋愛を描いた「この国の空」(荒井晴彦監督)が8日から公開される。戦場ではなく、庶民の暮らしにスポットを当てた。原作は、高井有一さんの谷崎潤一郎賞受賞作。

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 1945年の東京・杉並の西のはずれで、19歳の里子(二階堂さん)は、父親を亡くして母親・蔦枝(工藤夕貴さん)と2人暮らしをしていた。ある日、雨で防空壕が使えなくなって困っていると、隣に住む銀行支店長の市毛(長谷川さん)が「うちの壕に入ればよい」と声をかけてくれた。市毛は38歳、徴兵を免れていた。妻子を疎開させて一人暮らし中の市毛の身の回りの世話を始めた里子は、市毛が弾くバイオリンの音色も手伝って市毛にどんどん引かれていく。次第に戦況は悪化し、里子の家には、おばの瑞枝(富田靖子さん)が焼け出されて転がり込んでくる。里子は母に「市毛に気を許してはだめよ」と忠告されるのだが……という展開。

 この映画は、すべてが生々しい。死と隣合わせだから燃え上がる道ならぬ恋。そして、庶民の暮らしぶりや会話もリアルだ。町からは子供の声が消え、大人ばかりが残っている。市毛は里子に「死骸は見たか」と語りかけ、その様子を生々しく説明しだす。焼け出されたおばの瑞枝が、出されたパイナップルの缶詰を思いっきりかき込んでむせる。そんなちょっとしたシーンにも戦時中の生々しさを感じる。母親の蔦枝は、瑞枝をお荷物に感じ、いさかいも起こる。灯火管制もあり、部屋はいつでも薄暗い。皆が「死」の話をする。そんな息苦しい時代の中で、自分の気持ちに正直に突き進む里子は、希望であり光だ。演じる二階堂さんの清潔感ある色気が心地よい。娘から女性へと脱皮していく姿に生命力が宿る。不倫はダメだと思いながらも、戦争で死んでいくのなら見守ろうとする母親の複雑な気持ちも描かれている。川で水浴びする母親がはつらつとしていてまぶしく、里子の生命力と相まって、前向きな気持ちを表現している。「Wの悲劇」(1984年)、「ヴァイブレータ」(2003年)などの脚本で知られる荒井監督が「身も心も」以来18年ぶりにメガホンをとり、戦時中の庶民の姿をとても丹念に織り上げた。テアトル新宿(東京都新宿区)ほかで8日から公開。(キョーコ/フリーライター)

 <プロフィル>

 キョーコ=出版社・新聞社勤務後、映画紹介や人物インタビューを中心にライターとして活動中。趣味は散歩と街猫をなでること。子供のころ嫌なことがあると「戦争の悲惨さを想像すればたいていのことは耐えられる」と思いましたが、大人になった今もそう思います。

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