黒衣の刺客:ホウ・シャオシェン監督「これで撮れなくては次は撮れない」という思いで製作

映画「黒衣の刺客」を手がけたホウ・シャオシェン監督
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映画「黒衣の刺客」を手がけたホウ・シャオシェン監督

 「悲情城市」(1989年)、「珈琲時光」(2003年)などで知られる巨匠ホウ・シャオシェン監督の8年ぶりの最新作で、第68回カンヌ国際映画祭で監督賞受賞作となった「黒衣の刺客」が12日に公開された。今作は、ホウ監督初めての武侠映画だ。ホウ監督の「ミレニアム・マンボ」(01年)などに出演したスー・チーさんが、孤高の女刺客を演じ、因縁の相手を「レッド・クリフ」シリーズなどのチャン・チェンさんが演じている。また、日本からは妻夫木聡さんが出演。日本版のみ、妻役の忽那汐里さんとのシーンを加えて公開されている。このほど来日したホウ監督は「役者がどんな人なのかを一番大事にしながら作っていった。役者の感情を調整するのが僕の仕事」と語った。

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 ◇妻夫木聡さんはスタッフみんなから人気者だった

 8世紀後半、朝廷の力が弱まっていた唐の時代。聶隠娘(スー・チーさん)は女道士の下で刺客としての修業を終えて親元に帰された。胸には、地方で力を蓄えた田季安(チャン・チェンさん)を暗殺する命を携えていた。隠娘は季安の元許嫁(いいなずけ)だった。複雑な感情を押し殺す隠娘を演じるスー・チーさんがクールでカッコいい。

 「スー・チーさんとはこれまで3作製作しましたが、彼女はエネルギーの高さを感じさせる女優です。僕の映画は、出演者がどんな人かを理解した上で展開していきます。役者の感情やコンディションを調整するのが僕の仕事。隠娘は最初から最後まで笑わないけれど、最後に少しだけ笑っているようにも見えます。その笑みを引き出したのが、妻夫木聡さんです」と明かす。

 妻夫木さんが演じる青年は、父親の代わりに乗った遣唐使船が難破して唐にとどまっているという設定だ。「ヒロインが“陰”の人物なので、対照的な“陽”の人物として妻夫木さんにオファーをした」とホウ監督。

 「『珈琲時光』に出てくれた浅野忠信さんもいい役者さんなので候補に挙がりましたが、あの人は(大陸から)泳いで(故郷へ)帰れそう(笑い)。隠娘を助ける役柄なので、真の明るさのある妻夫木さんにピッタリだと思いました。僕のスタッフの間で、彼はとても人気者でしたよ。演技もアクションもブレがなく、本当に輝いていました」を絶賛する。

 唐代の伝奇小説「刺客聶隠娘」を着想の原点とし、物語を広げていった。初めての武侠映画を手がけるにあたり、参考になったのは黒澤明監督ら日本の侍映画だったという。アクションそのものではなく、侍の哲学に重きを置いた描写に影響を受けたのだという。

 「血は一滴も出ません(笑い)。アクションは、殺気が出せればいいと思いました。基本の動作を徹底的に練習してもらい、凝ったものにはしないで、瞬発力を大事にして撮りました」と明かす。

 8年ぶりの新作で武侠作品を選んだ理由として、中国が巨大な市場になったことを挙げる。

 「今回、製作に中国も加わっていることで、台湾と中国の共通の素材として選びました。このような題材を選ぶことで、台湾で映画の仕事をする若い世代に道ができたと思います」と理由を語る。

 ◇豊かだった唐の時代に思いをはせながら撮った

 撮影期間に5年間を費やし、総製作費は13億円かかった。豪華な衣装と室内装飾を見れば、それもうなずける。ふんだんに使われた布や、大量のろうそくの炎が風に揺れるさまは、時折はさみ込まれる木々のざわめきと相まって、登場人物の感情の揺らぎを伝える。

 「セットを半分開放にして、自然の風を入れているのです。光の入り方も違うし、扇風機で起こす人工的な風では、さまざまな角度には揺れてくれず、画面が死んでしまいます。昔の文献を読むと、生糸や植物を切ったり折ったして使わないほど、当時は素材も豊富だったとありました。布は、インドや韓国から調達しました。諸外国からいろいろなものが入ってきてとても豊かだった時代に思いをはせながら撮っていました」と振り返る。

 きらびやかな室内があったかと思えば、水墨画のような山河、光が差す森林が広がる。絵巻物のような美しさで、静と動、光と影をスクリーンに織り込み、第68回カンヌ国際映画祭で7度目のコンペティション出品という偉業を成し遂げただけでなく、監督賞を受賞した。「映画祭へのプレッシャーはないです」と語る一方で、「8年ぶりの作品で武侠もの。どんな反応があるか分からなかったので、受賞したときはうれしかった」と素直に喜びを語る。

 「今回、44万フィート(約134キロ)もフィルムを回しました。僕はどうしても、脚本通りにいかなくて、どんなに準備をしても現場で違うと思ったら変えてしまう。映画作りはもしかしたら個人的な執着かもしれない(笑い)。でも、ゆっくりと何回か見ていただければきっと映画を分かっていただけます。これで撮れなくては、次は撮れないと思いながら作っています。僕は映画を一生撮っていくだけです」と新たなる決意を語った。


 出演は、スー・チーさん、チャン・チェンさん、妻夫木聡さん、忽那汐里さん、シュー・ファンイーさんら。12日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)ほかで公開中。

 <ホウ・シャオシェン監督のプロフィル>

 1947年生まれ、中国広東省出身。生まれた翌年、台湾に移住。「ステキな彼女」(80年)に映画監督デビュー。「風櫃の少年」(83年)、「冬冬の夏休み」(84年)と、2年連続でナント三大陸映画祭グランプリを受賞し、世界的に名が知れわたる。「悲情城市」(89年)でべネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を受賞。カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した「戯夢人生」(93年)以降も、「好男好女」(95年)など次々にコンペティション部門に出品される。おもな作品に全編日本でロケをした「珈琲時光」(2003年)、ジュリエット・ビノシュさん主演の「ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン」(07年)などがある。プロデューサーとしても活躍し、「台北カフェストーリー」(10年)、「天空からの招待状」(13年)など若手監督の育成にも尽力している。 

 (インタビュー・文・撮影:キョーコ)

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