見捨てられる犬や猫たちの命を保護する活動を追ったドキュメンタリー映画「犬に名前をつける日」が公開中だ。愛犬を亡くした山田あかね監督が「犬の命」をテーマに、約4年間にわたって撮りだめたドキュメンタリー映像に、久野かなみという主人公を取材する側として据えたドラマを加えて作り上げた。山田監督が手掛けたドキュメンタリー番組「むっちゃんの幸せ~福島の被災犬がたどった数奇な運命~」(2014年、NHK総合)で、保護犬のむっちゃんの声を担当した小林聡美さんが主人公かなみを演じた。小林さんに話を聞いた。
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◇普段の芝居とは違った集中力や緊張感で臨んだ
――横浜の老人介護施設で暮らす保護犬「むっちゃん」の声を演じたことがきっかけで、小林さんが取材者となった今作が誕生したそうですね。オファーを受けようと思った理由は?
山田監督とは、「やっぱり猫が好き」というテレビ番組で一緒に仕事したこともあり、以前から知り合いだったんです。犬の殺処分をテーマにしたドキュメンタリー番組「むっちゃんの幸せ」で声を担当したとき、犬の幸せを考えるというテーマでドキュメンタリーの素材をたくさん撮っていることを山田監督からお聞きしました。私が映画に出ることによって、また違った切り口で、動物に対する人間の責任を考えるようなきっかけを、皆さんに提供できればいいなと思ってお引き受けしました。
――台本はなかったそうですね。取材者を演じるために準備したことや心掛けたことは?
いつもやっているような映画やドラマのように、結末があるという流れではなかったのですが、大きなテーマがあるので、合間のエピソードはテーマにつなげていくためのプロセスで、そこへ向かっていく過程を撮影しているという気持ちで臨みました。監督が大きなビジョンを持っていらっしゃったので、私は現場に行って、そのときに起きることを受け止めていきました。せりふを覚えるのとは違った集中力や緊張感が必要で、何が起きるのかという期待感もありましたね。
――取材される側が「小林さんだ」と思ってしまったり、ご自身で演じるのは難しかったという部分を教えてください。
先方には「小林さんではなく久野さんという役です」と伝えてありましたし、現場では皆さんは活動に必死なので、私が来たからどうこうという世界ではありませんでした。映画の中で出会った人たちは、実際に撮影の当日に初めてお会いしました。すべてその場での流れです。例えば動物愛護センターで白衣を着て、長靴を履く、というのもそうです。今回、テレビのディレクターの仕事は大変で難しいなとつくづく感じました。相手から言葉を引き出すことが私は苦手なので、相手にどういう質問を投げればいいのかが難しかったです。
――今作は、捨てられた犬や猫、東日本大震災での被災地から避難できなかった動物たちなど、普段私たちが目をそむけている部分に切り込んでいます。正直、つらい場面もあったのではないでしょうか。
撮影初日、最初は動物愛護センターに行くのが少し怖かったんです。でも、実際に行ってみると、「ちばわん」(千葉を中心に250人を超えるボランティアのみで活動を行っている動物愛護団体)の方々が動物を懸命に救おうとしていて、希望の部分があるのだと知って、いい体験になりました。
――映画を見ると、「ちばわん」や「犬猫みなしご救援隊」(広島県を本拠地に活動を行うNPO法人。東日本大震災で被災した動物の保護も行っている)で活動されている方々のパワーに圧倒されます。見ていて元気をもらいますが、一緒に行動してなおさらだったのではないでしょうか。
みなさん、命を救うという大きなことをやっていらっしゃるのだけど、いかにも「やってます!」という感じではないんです。軽やかに見えて、すてきでカッコいいなと思いました。「ちばわん」「犬猫みなしご救援隊」の二つはそれぞれスタイルが違うので、そこも興味深いところです。どちらも、捨てられた命を救いたいという強い希望が力となっています。その情熱に圧倒されました。女性ならではの朗らかな感じもあって、一緒に行動をしてみて、とても優しくて温かかったです。
◇猫好きとして「こんなに猫が!」と圧倒された
――特に印象的だった動物のシーンや、印象に残っている場面のエピソードを教えてください。
さまざまな動物の圧巻の光景が出てきますが、「犬猫みなしご救援隊」のシェルターに入ったとき、保護された猫が一つの部屋にたくさんいて、猫好きとして「こんなにいる!」と圧倒されました。でも、一度捨てられた命だと思うと……。映画の中で、猫が肩に乗ってきましたが、いつも自分の飼い猫が肩に乗るので、慣れていました。ドラマ部分では、海辺を飼い犬と歩くシーンが印象に残っています。何十回もテイクを重ねたからです。あの犬は監督の飼い犬なんですよ。監督は自分の犬を可愛く撮りたかった(笑い)。私は何度も何度も海辺を歩きました。
――小林さんといえば、猫好きで有名ですね。ご自身にとって飼い猫はどんな存在ですか?
安心感ですね。どんな自分でも受け止めてもらえるような……。優しい気持ちや、思いやりの心を湧き上がらせてくれる存在です。見ているだけで、「可愛い」というのもありますが、「幸せにしてあげたい」と思います。
――ところで、いつもおしゃれな小林さんですが、今作でのすてきな衣装はスタイリストの安野ともこさんと一緒に決めていったのでしょうか。
ありがとうございます。一緒に考えました。テレビディレクターという職業から、動きやすい大人のカジュアルを目指しました。素材がとてもよく、着心地がよかったですよ。
――改めて、今作に出演してよかったと思うことは? どんなところを見てほしいですか。
この映画に関われたことで、見たくないことや、目に触れずに知識だけで分かった気分でいたことを実際に体験することができて、とてもよかったと思います。命が扱われる現場を見たことで、「動物たちに幸せになってほしい」と周りの人たちに話せる確信が、自分の中にできました。泣かせようとか、かわいそうと思わせようという作品ではありません。一歩越えて、新しい映画になったと思いますので、そこを見てください。
出演は、小林さん、渋谷昶子(のぶこ)さん、上川隆也さんら。音楽は、つじあやのさん。主題歌はウルフルズの「泣けてくる」が採用されている。10月31日からシネスイッチ銀座(東京都中央区)ほかで公開中。
<プロフィル>
1965年東京生まれ。映画「転校生」(82年)で初主演。ドラマ、映画と幅広く活躍しながら、エッセーストとして「マダム小林の優雅な生活」(幻冬舎文庫)などの著作も多数。出演した映画に「かもめ食堂」(2006年)、「めがね」(07年)、「プール」(09年)、「マザーウォーター」(10年)、「東京オアシス」(11年)、「紙の月」(14年)などがある。
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