俳優の竹野内豊さん主演の映画「人生の約束」が9日に公開された。竹野内さん扮(ふん)する“仕事人間”の男が、親友の死をきっかけに自分の人生を見つめ直す姿を、富山県は射水(いみず)市の新湊(しんみなと)地区で360年も続く「新湊曳山(ひきやま)まつり」を背景に描くヒューマン作だ。メガホンをとったのは、これまで「池中玄太80キロ」(1980年)や、WOWOWの「なぜ君は絶望と闘えたのか」(2010年)など良質のドラマを作り続けてきた石橋冠さん。「かねて1本だけ映画を撮りたいという夢を持っていた」と語る石橋監督に話を聞いた。
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「ずっとテレビをやってきて、(映画が)ちょっとうらやましかったのは、大きな画面とサラウンドの音ですね。地響きとか、テレビでは無理な音が全部表現できる。そこに祭りと、海の向こうに見える白い立山連峰、あの風景を表紙にすれば、相当映画的な、映画らしい表現ができるかなと思ったのは事実です」と、映像の仕事に携わって55年、ようやく映画第1作に挑んだ心意気を石橋監督は語る。
1971年の「2丁目3番地」をはじめ、数々のテレビドラマを手掛け、「テレビはテレビの面白さがあった」と話す石橋監督。ここ10年ほどは「ありがたいことに、尺も2時間半の映画的なドラマを19本もやらせてもらった」と振り返る。しかし、「長くやっていると、どこかに二本線を引きたくなってくるんですね。“終わり”という意味じゃなく、卒論を書くみたいな。ちょっと自分のやってきたことを、大きなスクリーンの上でまとめてみたいという思いが素直にありました」と心の内を明かす。
幸い機材は昨今、映画もテレビもほぼ同じだ。だからその点では「迷うことは一つもなかった」。ただ「物語の語り口は、テレビとは意識して違うようにしたところはいくつかある」という。なぜなら、「テレビは勝手に家庭に入っていくメディアだから、一番求められているのは分かりやすさ」。分かりやすさを求められる分、「説明的になったり、せりふ依存になったりすることが多い」という。その点、映画は「もうちょっと豊かな作戦が成り立つ」と語る。というのも、映画は、客がお金を払い、ひとたび暗闇に身を置けば、「最後までいてくれるだろう」というある種、「傲慢」な期待がある。それとともに、分からない部分は、物語が終わるまでに分かるようにすればいい。つまり、「一つの物語に、いい意味でのサスペンスを張らせられる」わけだ。
その「いい意味でのサスペンス」の担い手の一人、主人公の中原祐馬を演じているのが竹野内さんだ。初タッグとなる竹野内さんに対して、石橋監督は「理屈ではなく、感性や感覚で動く俳優」という印象を持った。「彼の美しさは彼自身の隙間(すきま)、余白。日本人離れした欧州の俳優みたいな味を持っていらっしゃるんですよ。表情がよくて、その表情が多様に変化するように物語を組んでいく。それをやり抜けば、彼の演技幅みたいなものはぐんと膨らむんじゃないかと、僕は勝手に、傲慢な意志を抱いて向かい合ったんです」と明かす。
だから、竹野内さんのシーンは、できる限り時系列通りに撮影するようにした。また、「意地悪なくらい町を見せなかった」。曳山(山車)をほかの出演者が練習するときも、竹野内さんには帰ってもらった。そうすることで、「彼(竹野内さん)の表情の中に、東京からやって来た、さまざまな戸惑いや驚きや感動や哀しみ全部が、その瞬間に出てほしい」と願ったのだ。その思惑は見事に奏功した。最後の曳山まつりで、スローモーションで映したときの祐馬の表情は、「竹野内豊さん、ぶっ壊れたな、みたいなところなんだけど(笑い)、あれはね、『やったぞ!』みたいな、『できた!』みたいな気分でしたね」と満面の笑みで語る。
期待以上の表情を竹野内さんが見せたことで、「せりふを全部切っちゃった」場面すらある。祐馬の亡き親友・渡辺航平の娘で、高橋ひかるさんが演じる瞳と、ある場所を訪れるシーンだ。「彼の表情を見ていたらせりふが陳腐に聞こえてね」といい、それでせりふを落としたという。
一方、航平の義兄・鉄也を演じた江口洋介さん。「なぜ君は絶望と闘えたのか」で組み、「とても好きな俳優」と石橋監督は表現する。石橋監督によると、竹野内さんと江口さんは「言うなれば水と油」の関係で、「江口くんは、僕が伝えたことは確実にやってくれる。竹野内くんは、僕が伝えたことを、あれ、やってくれるのかなあ……みたいなスリリングなところがありましてね」と笑い、だからこそ「2人の演技にはどこか不思議な間合いがあって、撮っていて面白かった」と石橋監督自身、2人の競演から生まれる化学反応を楽しんだようだ。
また、「池中玄太」シリーズ以来、何度も一緒に仕事をしてきた盟友、西田敏行さんについては「演技の考え方というのは、もっといろんな種類があるよといつも教えてくれる役者」と評し、例えば、演出者が俳優にシリアスな演技を望む場面でも、西田さんは「ひどくふざけるときがある」という。「変だなと思いつつ、(映像を)つなげてみると、そのふざけが妙に印象に残って、シーンの中に違う弾みをくれたりするんですよ」としみじみと語る。今回も、理髪店の店主役の西田さんが、客の頬をカミソリで切ってしまったときの演技は西田さんが本番で見せたもので、「僕の辞書にはないですね、ああいう発想は」と石橋監督は感服していた。
今作のもう一つの“主役”は、祭りに登場する曳山だ。13本の曳山が町を練り歩くクライマックスは、圧巻の一言に尽きる。とはいえ、最大重量8トンにもなるという曳山。綿密な打ち合わせの上で撮影に臨んだとはいえ、いざ本番となり、「1、2の3、ドン、といったときの、ドキドキする」ことといったらなかったという。「結構迫力のあることをやってもらったんだけど、そう生易しいものじゃなくて、あそこは本当に苦労しました」と本音を漏らす。エキストラを含めた大勢の人たちを祭りと一体化させることにも心を砕いた。そのかいもあり、石橋監督が、「うまくいったなと思います」と満面の笑みで振り返るほどの躍動感あふれるシーンとなった。
かくして、「一生に1本」の映画は完成した。曳山まつりでは、祭りに参加して曳山を引くことを、「つながる」というのだそうだ。石橋監督はその曳山に、人間の結びつきと、人の人生を託した。石橋監督は「一生懸命、心を込めて作ったので、ぜひ、届けたいなと思います。そして、『あなたの横に今、誰がいますか』と、ふっとそんなようなことを考えていただきたいなという願いがあります」とにこやかに結んだ。映画は9日からTOHOシネマズ日本橋(東京都中央区)ほか全国で公開中。
<プロフィル>
1936年生まれ、札幌市出身。60年に日本テレビに入社し、「冬物語」(72年)、「池中玄太80キロ」(80年)、「昨日、悲別で」(84年)など数々の良質ドラマを演出。96年、日本テレビを退社しフリーに。その後も多くのドラマを手掛け、「ラブ・レター」(2003年)では芸術選奨文部科学大臣賞受賞。「松本清張 点と線」(07年)、「なぜ君は絶望と闘えたのか」(10年)では、それぞれ文化庁芸術祭賞大賞を受賞。「シューシャインボーイ」(10年)でソウル国際ドラマアワード2010グランプリ受賞。2011年旭日小綬章。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)
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