孤高の作家・佐藤泰志さん原作の「海炭市叙景」(2010年)「そこのみにて光輝く」(14年)に続く、3部作の最終章となる「オーバー・フェンス」(山下敦弘監督)が17日から公開される。失業中の中年男性と風変わりなホステスとの純粋な愛の物語。「苦役列車」(12年)などの山下監督が、閉ざされた心のふれあいと明日へのささやかな希望を焼き付ける。
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白岩義男(オダギリジョーさん)は妻子と別れて、仕事もやめ、故郷の函館に戻った。職業訓練校に通いながら、質素な日々を過ごしている。学校には、元ヤクザや殻に閉じこもった若者などがいたが、白岩は深く関わることなくやり過ごしていた。そんなある日、同じ訓練校に通う代島(松田翔太さん)に連れられてキャバクラに行く。そこで、以前コンビニ前で見かけた女性と再会する。鳥のまねをする少し風変わりなその女性は、ホステスの田村聡(蒼井優さん)といい、白岩は聡に引かれ始める……というストーリー。
こんな大人向けの映画が見たいと思っていた。妻子と別れた中年男・白岩。エキセントリックなホステスの聡。閉じた2人の心が内がじっくりと映し出される。周囲と摩擦を起こすわけではないが、溶け込んでもいない白岩は、感情をあらわにしない。ところが、聡は感情をむき出しにする。聡に引かれる白岩の必然が、鳥の鳴きまねをしながら踊る聡のシーンで端的に語られ、非常にインパクトがある。オダギリさんと蒼井さんの配役は、これ以上にないほどマッチしている。2人がもともと持っている透明感に、役柄の“悲しさ”が混ざり合い、激しくぶつかり合うシーンでの緊張感も生々しく、ズシズシと響いてくる。
一方、白岩の通う訓練校でも人間関係に緊張感が走る。ここでも、人生に追い詰められた人間の姿が浮かび上がる。しかし、映画が進むにつれて、そんな閉塞(へいそく)感を打ち破る兆しが感じられる。ファンタジックな魔法がかかった遊園地のシーンを合図に、束縛されていた魂が解放されていく……。原作者の佐藤さんが函館の職業訓練校で過ごした経験をつづり、芥川賞候補にもなった小説を、山下監督らしい温かいユーモアと力みのない青春映画の風情で包み込んだ。青空の下のソフトボールには、失業者たちの明日へのささやかな希望がともっている。「ただ働いてただ死んでいく」人生にも、何かがある。そう思わせる一作だ。17日からテアトル新宿(東京都新宿区)で公開。(キョーコ/フリーライター)
<プロフィル>
キョーコ=出版社・新聞社勤務後、映画紹介や人物インタビューを中心にライターとして活動中。趣味は散歩と街猫をなでること。クリント・イーストウッド監督最新作「ハドソン川の奇蹟」(24日公開)にはナミダしました。
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