山下達郎:インタビュー 松嶋菜々子主演ドラマ主題歌への思い「僕らの夏は終わらない」

松嶋菜々子さん主演の連続ドラマ「営業部長 吉良奈津子」の主題歌を担当した山下達郎さん
1 / 2
松嶋菜々子さん主演の連続ドラマ「営業部長 吉良奈津子」の主題歌を担当した山下達郎さん

 シンガー・ソングライターの山下達郎さんが、女優の松嶋菜々子さん主演のドラマ「営業部長 吉良奈津子」(フジテレビ系毎週木曜午後10時)の主題歌「CHEER UP! THE SUMMER」のシングルを14日にリリースした。山下さんにとって3年ぶりのシングルで、山下さんと松嶋さんのタッグは、松嶋さんがヒロインを務めたNHK連続テレビ小説「ひまわり」(1996年4月に放送)に提供された「DREAMING GIRL」(96年発売。98年リリースのアルバム「COZY」にも収録)以来20年ぶり。山下さんに、楽曲に込めた思いや今後について語っていただいた。

ウナギノボリ

 ◇

 ──今回の楽曲は達郎さんにとって3年ぶりのシングルで、松嶋菜々子さん主演のテレビドラマ「営業部長 吉良奈津子」(フジテレビ系)の主題歌となっています。以前、ドラマや映画の主題歌を書き下ろす際は、物語にできるだけ寄り添うようにしているとおっしゃっていましたが、今回はドラマのどのような部分が曲作りに影響しましたか。

 産休明けの女性がそれまでのクリエーティブセクションから営業に異動になり、子育てとのはさみうちで苦労する物語なんです。なので、最初はもっと孤独感を感じるようなアーバンな雰囲気の曲を書いたんですよ。でも、制作サイドから「もっと明るい曲にしてほしい」という要望がありましてね。僕は昔から座付き(専属)体質で、タイアップ曲は作品に寄りそってナンボという考え方なので、リクエストに沿って明るめの曲に書き換えましたが、とはいえ今回はあんまり突き抜け過ぎるとドラマに合わない気がしたので。ドラマと解離しないように、ちょっとだけ抑制を利かせました。

 ──達郎さんが作るタイアップ曲は、作品のイメージにすごく合ってはいつつも、タイアップとしての役割が終わったあとでもまったく色あせないという印象があります。作品に寄り添っているのに、いつでも独り立ちできるというか……。

 僕は、作詞・作曲に加え、編曲も自分自身でやっています。編曲は時代にものすごく左右される作業なんですけれど、昔から流行におもねることができない人間なので。今回の曲は全部一人きりでトラックを作っています。いわゆる一人多重録音ですが、今、僕みたいなスタイルの音楽でこういうやり方をしている人は、もうほとんどいません。今のトレンドだからといって、自分の中にないスタイルを取り入れることは絶対にしないというポリシーを続けてきたので、今はもうガラパゴスを通り越して、もはや天然記念物ですね(笑い)。夏の曲とはいえ、まったく流行とはかけ離れているし、今のトレンドとはまったく異なるセンスの“夏”でしょうね。

 ──今回の歌詞は、ドラマの主人公をはじめ一生懸命生きている人たちを応援するような力強い言葉が並んでいますが、ここにも達郎さんならではのポリシーや流儀があるのでしょうか。

 ドラマの主人公は40代。アラフォーやアラフィフになると、いろんな意味で若いころとはまた違った不安が出てきて、単純に人生を礼賛するスタンスはだんだんと失われていきます。今回の歌は、そういう世代への応援歌みたいなものだけれど、だからといって、特に大上段なテーマがあるわけではないんですよ。不安を抱えている世代へのチアアップ(元気づける)ソングを目指しはしましたが、なるべく具体性のない歌詞にしたいと思ったんです。若いころ、特にシュガー・ベイブからソロになった70年代中期、歌詞に必要以上に意味を込めないように努めていた時期があってね。最近、その考えに戻りつつあるんです。

 ──そう思うのはなぜですか。

 年取ったから(笑い)。というのは冗談で、もともと言葉がメロディーに勝っているのが好きじゃないんです。自分の作品だったら、最初期の「Windy Lady」のような、“君はWindy Lady~”みたいな感じが好きでね。抽象的な言葉が乗ると、音楽もそれにともなって、ある種のイリュージョンが起こる。そういう若いころの思いにもう一度戻りたいなと、ここ1~2年ずっと考えていまして。今回は非常に洋楽的なメロディーなので、歌詞が具体的になるほど、どうしても違和感が出てしまう。好きな言葉の語感というのが昔からあって、いつもあまり変わらないんです。そこがちょっとでもズレるとすごく気持ちが悪い。なので、歌っていて気持ちのいい言葉を並べたいという。だから本当に抽象的で、何を歌っているというわけではない曲なんですよ。

 ──抽象的で、物語が特定されないからこそ、聴いた人それぞれが、自分が思い描いた世界をサウンドにはせることができるという。

 久しぶりにリバーブ(残響)が深いサウンドなので、その効果もあります。「CHEER UP! THE SUMMER」は完全に80年代のリバーブの感じです。昔はよく使っていたやり方なんですけど、2000年代に入ってから、技術的な問題でこういうエコー感がなかなか出せなかった。今は他でもこういうリバーブはなかなかないと思うんだけど、昔の感じを出せるノウハウがようやくついてきたのでね。このリバーブを入れることで、あのころのサウンドに近付くんです。それがどう受け止められるかは分からないけど、“山下達郎の夏が感じられる曲にしてほしい”というオーダーを受けて今の僕がやるとこういう感じになるっていう。さすがにもう、「RIDE ON TIME」を作った時の27歳ではないですから。27歳の時に作った夏の歌は今でも歌えるけど、同じものはもう作れない。となると、“60代の夏の歌って一体どういうものなんだろう”って思う。そう考えていくと、行き着くところは音の中のイリュージョンなんですよ。

 ──達郎さんは常々、コンサートのお話をする時も、“音楽を聴くことで一種のイリュージョンを経験させる”ということをおっしゃいますよね。

 僕の音楽は、基本的なコンセプトがイリュージョンですから。実際の海って、そんなにキレイなわけじゃないでしょ。イメージの中にある、静謐(せいひつ)でキレイな海を体験したかったら、海外のプライベートビーチにでも行くしかない。でも、普通の人にはそんなところに行く余裕も時間もないですから。そこに今も僕の初期衝動があるんです。4畳半で2人で暮らしている歌を作りたいと思ったことはまったくなくて。夢・幻の歌、フィクションというより妄想ですね(笑い)。

 そういう意味で、「CHEER UP! THE SUMMER」の場合も、“心の中の夏”を表現している。季節って、人生とリンクしている部分があるでしょ。僕の世代は、もう人生の夕方に近い。でも、まだまだ自分の人生にしがみつく思いもある。だからこそ、“僕らの夏は終わらない”。せめて歌の世界では、まだまだ輝かせておきたいなっていう考えです。

 ──それでは、標題曲の「CHEER UP! THE SUMMER」について少し具体的にお伺いします。この楽曲のタイアップのお話があったのはいつごろですか?

 ツアー(PERFORMANCE 2015-2016)が終わったころです。映画は公開の1年ぐらい前に話が来るんだけど、ドラマはいつもわりと急。制作期間もものすごく短いからね。

 ──松嶋さんが1996年に主演したNHK連続テレビ小説「ひまわり」の主題歌「DREAMING GIRL」も、達郎さんの書き下ろしでしたね。

 「ひまわり」は松嶋さんの出世作で、あの時の印象が強く残っています。その後、「利家とまつ」や「家政婦のミタ」といった作品で活躍されているのも拝見してきました。ですので、僕なりの松嶋さんのイメージがあって、今回の曲を作るにあたっても、そういったことも少なからず加味したつもりです。

 ──続いて、カップリングのお話を。今年春に終了したツアー“PERFORMANCE 2015-2016”で披露した「CAN’T TAKE MY EYES OFF YOU~君の瞳に恋してる」のライブテイクが早くも音源化されました。

 以前もシングルのカップリングにライブ音源を入れたことはありますが、ここまで早いスパンで音源化したのは初めてです。理由は簡単で、前回のツアーで一番評判がよかったから。僕はこれまでもずっと、自分の好きな曲のカバーをライブで演奏してきたけれど、ここまでウケたカバーはなかったんですよ。揚げ句、自分の曲より「CAN’T TAKE MY EYES OFF YOU」のほうが盛り上がったりして、だんだんシャクにさわってきた(笑)。

 ──そこまで好評を博した理由はなんだと思いますか。

 お客さんはみんな、誰もが知っているベタな曲が好きなんでしょうね。だから、次のツアーではもっとベタな曲をやってやろうかと思ってます(笑い)。

 ──そんな「CAN’T TAKE MY EYES OFF YOU」。演奏してみて、改めてこの曲に対して感じたことはありますか。

 ある意味シャレでやった曲だけど、意外といろいろと難しかった。普段の僕のステージではあまりない光景なんだけど、サビの“I LOVE YOU BABY~”の部分でお客さんを指さしたら“キャ~ッ”っていう声が起こったりする(笑い)。こっちもおもしろいことに、歌い回しが毎回違う。お客さんの様子を見ながら無意識のうちに段取りを考えながら歌っているから、どこで声を回すとかひっくり返すとか、その時の会場によって全然違う。サビ前の掛け声も違って、“Here We Go”もあれば“Let's Go”や“Keep On”、“Go On”と、いろんなパターンがあった。自分では毎回同じことを言ってるつもりだったんだけどね。今回、ライブテイクをシングルに入れるにあたって、録音していた音源を全部聴いたんだけど、それはおもしろかった。その中で一番よかった1月28日の大阪フェスティバルホールのテイクを採用しました。

 ──達郎さんのライブをまだ体験したことのない人にぜひ聴いてほしい音源だと思いました。

 いやいや、2008年からの8年間、僕はライブ主導で活動していますから。あくまでライブに来てくれた人へのサービス音源ですよ。

 ──次のツアーは来春からスタートする予定だそうですが、そのほかのご予定は?

 引き続きレコーディングを続けますよ。

 ──タイアップとは関係なく、ライブで演奏するための曲を書き下ろしたミニアルバムを作りたいという構想が数年前からあるそうですが、それに向けたレコーディングですか?

 来年のツアー直前までには出せたらいいなと思ってます。「CHEER UP! THE SUMMER」を作る前に書いたアーバンな曲もそうですけど、結局使わなかったという曲がわりとあってね。ストックも意外とあるし、へたしたらフルアルバムができちゃうかも。とはいいつつ、僕の今の活動スタンスは、あくまでライブが最優先。これからも、ライブを中心に考えていきますよ。

 <山下達郎さんのプロフィル>

 1953年2月4日生まれ、東京都出身。75年、シュガー・ベイブとしてシングル「DOWNTOWN」、アルバム「SONGS」でデビュー。80年発表の「RIDE ON TIME」が大ヒットとなり、ブレーク。アルバム「MELODIES」(83年)に収められた「クリスマス・イブ」が、89年にオリコンチャートで1位を記録。84年以降、竹内まりやさんの全作品のアレンジ及びプロデュースを手がけ、また、CMタイアップ楽曲の制作や、他アーティストへの楽曲提供など、幅広い活動を続けている。2012年9月26日、これまでの全キャリアを網羅した3枚組みベストアルバム「OPUS ALL TIME BEST 1975-2012」が発売される。16年3月24日には、1987年から続く「クリスマス・イブ」30年連続オリコンチャート100位入り記録が、ギネス世界記録に認定される。

写真を見る全 2 枚

芸能 最新記事