さまざまな役柄を変幻自在に“生きる”綾野剛さんの最新主演作「武曲 MUKOKU」(熊切和嘉監督)が新宿武蔵野館(東京都新宿区)ほか全国で公開中だ。鎌倉を舞台に、トラウマを抱えた男同士の闘いと宿命の対決を、気迫にあふれる映像で描いた作品。芥川賞作家の藤沢周さんの原作を、「私の男」(2014年)などの熊切監督が映画化した。ある事件によって生きる気力を失って剣を捨ててしまったすご腕剣士・矢田部研吾を綾野さんが、研吾に再び剣を持つきっかけを与える恐るべき剣の才能を持つ高校生・羽田融役を村上虹郎さんが演じている。2人に、俳優として相手から受けた影響や、すさまじい決闘のシーンでの苦労などを聞いた。
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――剣の達人で威圧的だった父親との確執があり、今や破滅的な生活に身を置く研吾と、台風の洪水で死にかけたというトラウマを抱える融。大きなものを背負っている2人ですが、どのように役と向き合いましたか。
綾野さん:まず、研吾のように生きる気力を失ってしまうことって、誰にでもあると思いました。環境や状況が変われば誰もがそうなる要素を持っている。研吾は父親を憎んではいましたが、誰もが誰かの子供であるように、研吾の父親も誰かの子供だった。そこに気づかせたくれたのが、虹郎君が演じる羽田融の存在です。彼が求めてくれたことによって、研吾は「生」を再び感じるんです。
何よりも、熊切監督が話をよく聞いてくれたのが、大きかったです。力が入るシーンでは一緒に演じる僕の激しい呼吸に合わせて、監督も一緒に呼吸するくらい、一緒に生きてくれました。僕は「夏の終り」(13年)で熊切組に入ったのですが、そのときは、喜びが勝っていてちょっと浮ついていたかもしれません。熊切監督が「次は悪くて悲しい男をやろう」と声をかけてくれ、いつかかなうようにと常に思っていました。
村上さん:最初は僕の中で、融というキャラクターのイメージが漠然としていました。原作を読んだ後、リセットして、映画の中の羽田融を生きました。死にかけたトラウマを背負っているというのは、僕にとって感覚的なものしかなかったんですが、自転車で事故に遭いそうになったり、東京にいるだけで人を不用意に傷つけてしまったり、ささいなことは日常にあるので、それらを誇張して受け取って、想像していきました。何よりも、役者の一番近くに監督がいてくださいました。
――研吾と融はお互い出会うことで、人生を変えていきましたが、この作品を通して、お互い俳優としてどう影響し合いましたか。
綾野さん:虹郎君がギュッと生きてきた中での、ジレンマや圧縮されたものが、パーンと弾けた瞬間のパワーは、正直まねできないと思いましたね。彼の持っている“センス”が完全に、この作品で“実力”に変わったと思います。また共演したいです。
村上さん:以前から面識はあったけれど、そのとき、僕はまだ10代で、深い付き合いではなかったんです。今回、作品を通して、こんなに頼りになる人がいるんだと思いました。肉体を作る役柄といえば、分かりやすくいえば、ボクシング映画とか戦争ものがあるけれど、剛さんが役のためにトレーニングしているのを見て、「ここまでやるんだ」と感心しました。自分もこういう役が来たら、苦手意識があってもやろうと思えたぐらいです。
綾野さん:きっとやれると思う。楽しいと思いますよ。今回、僕は酒も一切絶って、肉体を作っていきました。必要であれば、僕の経験を、全力で虹郎君に伝授しようと思います。
――過酷な肉体作りだけでなく、剣道を習得しなければならず、苦労が絶えなかったと思いますが。
綾野さん:役のために2カ月間、剣道の練習をしました。五段という設定だったので、努力がいりました。その姿勢をストイックと評価してくれる人もいるのですが、単純に不安なんですよ。その精神安定剤としては、努力するしかない。ひたすら練習をして、ひたすらトレーニングをして、技術的にも肉体的にも「できた」と思っても、もっともっとよくしていきたいという思いがあります。映画として残っていくというのは、ある種、残酷なことなので。
今回は、やることが特に多かったのですが、僕がやれるのは、現場で求められるもの、監督が要求するものに応える努力をすることだけ。撮影現場では、ずっと虹郎君を見ていました。僕の剣道は、がむしゃら感しかないけれど、彼はもともと初段なだけあって、美しくしなやかで“天才感”がありました。彼の踏み込みを見てください。一発目が本当に速かった。お陰で、研吾が待っていたのは「これなんだ」と実感できました。
村上さん:僕の剣道も普通じゃないですが(笑い)。小中学校のときにかじっただけで、よくダメ出しもされていたし……。地区には本当に強い子がいて、「あいつを倒さなければならないんだ!」と……誰もがそんなふうに思っているんですけれど、マンガの主人公みたいだった思い出があります(笑い)。
――クライマックスの台風の中での決闘シーンは、泥まみれでまさに死闘のアクションシーンで圧巻でした。精神的、肉体的にも悩んだのではないでしょうか。
綾野さん:研吾が精神面で追い詰められて疲弊していかなければならないシーンでした。撮影は3日間かかりました。肉体面を強くして現場に入ったので、体力的にはつらくなかったです。精神面は現場で出来上がっていきました。相手をケガさせてはいけないなとか、雨に打たれますし、(演出上で)墨にもうたれますし、そういった混沌とした状況をうまく転写させて、芝居にプラスさせていければいいと思いながら臨んでいました。
村上さん:基本的には楽しかったです! でも、9月だったので夜は寒くて、体力が奪われました。限界を感じるときもありましたが、剛さんが「もう1回いこう!」とリードしてくださって、乗り切りました。
綾野さん:当分、墨に降られるのは嫌(笑い)。
村上さん:洗っても落ちなかったんですよ。2人ともエイリアンみたいになって(笑い)。一緒にシャワーを浴びましたが、なかなか落ちなかったんです(笑い)。
――破滅しかけた研吾と自分の才能を見いだした融。2人が剣を交えた先にあるものは何でしょうか。
綾野さん:人は簡単には立ち直れないと思うけれど、決闘の先には、研吾と融の関係がよくなっていくことや、研吾の再生が見事に想像できます。撮影中は、「破滅しかない、地獄のような映画だ」と思っていましたが、完成作を見て、生きていること自体が希望なんだということを、全編通して見つけることができて、よかったと思いました。
<綾野剛さんのプロフィル>
2003年、俳優デビュー。14年には「そこのみにて光輝く」で、キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞ほか数々の賞を受賞。近年の出演作は「新宿スワン」シリーズ(15、16年)、主演作「日本で一番悪い奴ら」(16年)、「怒り」(同)などがある。熊切監督の作品には、「夏の終り」(13年)に続いて2作目の出演となる。今年は、出演した桜井画門さんのヒットマンガの映画化「亜人」(9月30日公開)や「ラストレシピ~麒麟の舌の記憶~」(11月3日公開)がなどが控えている。
<村上虹郎さんのプロフィル>
カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された河瀬直美監督作「2つ目の窓」(2014年)に主演し、俳優デビュー。同作で高崎映画祭最優秀新人男優賞を受賞。「ディストラクション・ベイビーズ」(16年)で、キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞ほか、二つの新人賞を受賞。今年は、主演作「二度めの夏、二度と会えない君」(9月1日公開)、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(9月23日公開)、「Amy said」(9月公開)の公開を控える。
(取材、文、撮影:キョーコ)
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