小野憲史のゲーム時評:ゲーム翻訳者の重要性

ゲーム展示会「ビットサミット Vol.6」の様子
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ゲーム展示会「ビットサミット Vol.6」の様子

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、ゲーム翻訳者の重要性について語ります。

ウナギノボリ

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 国内最大級のインディー(独立系)ゲーム展示会「ビットサミット Vol.6」(主催:ビットサミット実行委員会)が12、13日に京都市勧業館「みやこめっせ」(京都市左京区)で開催された。テーマは「拡張するインディーズ」で、国内外から86の団体が参加し、過去最多の1万740人が来場した。そこで感じられたのがゲーム翻訳者の重要性だ。

 開発ツールの無償化やデジタル流通の拡大などで、個人や小集団で作るインディーゲームが注目されている。小学生に人気の「マインクラフト」は好例で、「洋ゲー(海外制作ゲーム)はヒットしない」という業界の定説も今は昔の話だ。会場でも任天堂やソニー、マイクロソフトがブースを構え、多くの来場者が世界中のインディーゲームを楽しんでいた。

 ただし、海外ゲームが日本でヒットするには、きちんとした日本語の存在が不可欠だ。英語では同じ「I(私)」でも、日本語では話し手の性別や年齢などで言い回しが変わるため、翻訳の品質がゲームの評価に直結する。実際に海外タイトルの中には、ゲームの出来自体は良質でも、日本語のクオリティーが低く、ゲームの世界にのめり込めないものも見られた。

 実際、ゲーム翻訳の問題は1980年代から長く議論されてきた。その結果、大作ゲームでは翻訳の品質が向上し、今では国産ゲームと遜色のないものもみられる。しかし、開発規模が小さいインディーゲームでは、まだまだこれからというのが実情だ。インディーゲームに物語要素が乏しいのも、一つには翻訳のコストをかけたくないという理由がある。

 その一方で、ゲーム翻訳で注目されるインディーゲームも登場してきた。トビー・フォックスさんが個人制作し、2015年に発売されたアドベンチャーゲーム「アンダーテール」だ。日本ではゲーム翻訳会社のハチノヨンが日本語化を担当し、横書きの会話文を一部縦書きにするなどの細かい修正を加え、17年にリリース。「プレイステーションアワード2017」でインディーズ&デベロッパー賞を受賞するなど、高い評価を得た。

 もっとも、ゲーム翻訳の実態について一般にほとんど知られていないのが実情だ。理由の一つにゲーム翻訳家の名前が表に出にくい点がある。映画や小説と異なり、ゲームではゲーム翻訳会社を経由し、複数のフリーランス翻訳者が分担作業して進める例が一般的だ。そのため翻訳者側としても、個人の成果物として実感しにくい。守秘義務契約に基づき、手掛けたタイトル名を公表できないことも、状況を不透明なものにしている。

 一方で規模の小さいインディーゲームでは、ゲーム翻訳者が1人で翻訳を担当する例が増加している。ゲームでは会話文などを順不同で大量に翻訳する例が多く、アイテム名なども説明不足の場合が多い。そのため翻訳の品質を上げるには、開発者との密接なやりとりが不可欠だ。しかも多くの場合、開発者が訳文を直接チェックすることは難しい。そのためゲーム翻訳者は、海外市場においてゲーム体験を左右するキーマンだと言える。

 ゲーム翻訳者の存在は宣伝にも有効だ。モノ余りの時代において、多くのジャンルで商品の背景情報を宣伝に活用する例が増加している。ゲーム業界ではこれをゲーム開発者のインタビューという形で、初期から実行してきた。ただし、海外ゲームでは開発者の肉声を読者に直接届けることが難しい。その代役を務められるのがゲーム翻訳者だ。翻訳時の苦労と共に、ゲームの魅力を語らせることで、宣伝効果の向上が期待できる。

 翻訳小説では訳者が作者の隣に並び、洋画では字幕制作者が表示される。しかし、ゲームではまだまだ陰に隠れているのが現状だ。そのため職業として認知されにくく、キャリアパスも不明瞭なままにとどまっている。その一方でビットサミットのにぎわいにも見られるように、海外インディーゲームのクオリティーは年々向上している。ゲーム翻訳者を前面に出すことで、日本のゲーム文化もますます厚みを増していくのではないだろうか。

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 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーのゲームジャーナリスト。08年に結婚して妻と猫4匹を支える主夫に。11~16年に国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表として活躍。退任後も事務局長として活動している。

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