刀剣男士:紅白出場にファンの思い複雑 “寂しさ”でも“警戒”でもなく…

喜ばしいニュースにも関わらず、ファンが手放しで喜ぶことができない“複雑な感情”の正体とは、いったい何なのでしょうか
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喜ばしいニュースにも関わらず、ファンが手放しで喜ぶことができない“複雑な感情”の正体とは、いったい何なのでしょうか

 人気ゲーム「刀剣乱舞」のミュージカル「刀ミュ」に出演する「刀剣男士」が、大みそかに放送される「第69回NHK紅白歌合戦」に出場することが話題を集めている。人気コンテンツの大々的な露出が、必ずしもすべてのファンに歓迎されるとは限らないのは、さまざまなジャンルでよくある話だが、今回の「刀ミュ」の「紅白歌合戦」出演にもファンの心境は複雑なようだ。週に100本以上(再放送含む)のアニメを見ている“オタレント”の小新井涼さんが独自の視点で分析する。

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 今年の紅白歌合戦に、「世界で人気のジャパンカルチャー」として、“刀剣男士”の出場が決まりました。刀剣男士とは、ゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-(とうらぶ)」に登場する日本の刀剣を擬人化したキャラクターたちのことで、紅白には2.5次元ミュージカル版「刀ミュ」で彼らを演じている19名のキャストが出演し、刀ミュの楽曲「刀剣乱舞」でパフォーマンスを行うことになっています。

 とうらぶと言えば女性に大人気のコンテンツということで、今回の発表にも、これまで彼らを応援してきたファン、もとい全国の審神者(とうらぶプレーヤーの呼称)たちからはもちろん祝福の声があがりました。ところが今回はそれと同時に、「うれしいはずなのになんだか複雑……」という、戸惑いの声も多数見かけられたのです。

 喜ばしいニュースにもかかわらず、ファンが手放しで喜ぶことができない“複雑な感情”の正体とは、いったい何なのでしょうか。

 似たような状況でよくあるのは、ずっと応援してきたインディーズバンドがメジャーデビューした時のような、“近くで応援してきたものが急に遠い存在になってしまう寂しさ”です。しかし今回の刀剣男士には、その感情はあんまり当てはまらないのかなと思います。

 確かに紅白出場をきっかけに、刀剣男士を演じるキャストが、今後テレビや映画に出演する機会が増えていずれ2.5次元を卒業する……。なんてこともあるかもしれません。しかしたとえキャストが卒業しても、“刀ミュの刀剣男士”そのものは2代目、3代目に引き継がれるはずなので、キャラクターがステージからいなくなることはありません。また当たり前ですが、刀ミュそのものも、紅白出場を機に活動の場をテレビに移すなんていうことはなく、今後もずっと“舞台で”公演され続けます。

 つまり今回の紅白出場は、“近くで応援してきたものが急に遠い存在になったような寂しさ”を感じるほどの劇的な変化を、刀ミュにもたらすものではないと思うのです。

 ならば複雑な感情の正体は、これもよくある、自分の好きなものが面白おかしく取り上げられて奇異の目にさらされるのではないかといった、“オタク文化がテレビで取り扱われることへの警戒心”なのでしょうか。しかしこちらのパターンも、今回の刀剣男士にはあてはまらないように思います。

 まず彼らが出演する企画コーナーのタイトルが「世界で人気のジャパンカルチャー」であることから、今回刀ミュはイロモノとしてではなく、れっきとした現代日本の文化として扱われることが分かります。さらにそれがワイドショーやバラエティーではなく、ディスられたり、イジられたりする心配のない紅白歌合戦の企画であるなら、解釈などに若干の違和感を感じる可能性はあるかもしれませんが、基本的には安心です。

 つまり今回の紅白歌合戦出場は、「2.5次元文化も随分立派になっちゃって……」と感慨にひたることはあっても、“オタク文化がテレビで取り扱われることへの警戒心”が生じる類いの出来事ではないのかなと思うのです。

 では“寂しさ”でも“警戒心”でもないのだとしたら、ファンが感じている複雑な感情とはいったい何なのでしょうか。私はその正体が、“まさか知られるとは思っていなかった趣味の世界が日本全土にさらされるいたたまれなさ”ではないかと思っています。

 いくら人気の作品とはいえ、まだまだ紅白が流れるお茶の間には「刀剣乱舞」そのものを知らない人の方が多いです。そんな中で彼らがいつも通り、刀剣男士としてのお芝居をした時に起こるだろう、人々の薄いリアクションを考えると(現に今私自身がそうなのですが)、作品ファンは今から気が気ではないと思います。実際に紅白出場歌手発表会見での、普段だったらキャストが刀剣男士としてしゃべるたびに黄色い歓声や何らかのリアクションが起こるはずのタイミングで、特に反応もなく冷静なシャッター音だけが響いている様子は、既になかなかいたたまれないものでした……。

 しかも今回は、「世界で人気のジャパンカルチャー」として権威づけられている分、紅白本番では刀ミュをよく知らない会場の出演者からパフォーマンス後に何らかのコメントもあるかもしれません。恐らくあたりさわりのない感想をもらえるとは思いますが、実はそうした刀ミュをよく知らない人からの悪意のない言葉というのも、時にディスられたりイジられたりするのとは違うダメージをファンにもたらします。それは例えば紅白当日に、刀ミュを知らない家族や友人から「ほら!あんたの好きなやつ出てるよ!」と言われた時に受けるダメージと同じで、一言で表すなら「ありがたいけど放っておいて……!」と、のたうち回ってしまうようないたたまれなさなのです。

 いっそ、蒼井翔太さんが映って話題を集めた、FNS歌謡祭での「ポプテピピック」の映像のように、作品を知らない人からの「誰これ?」という反応さえもネタにして盛り上がれるジャンルだったならよかったのですが、今回の刀剣乱舞はそういう作品でもありません。今回ファンが感じている複雑な感情とは、「紅白出場は喜ばしいけど、自分たちの好きなものが作品をよく知らない人に中途半端にさらされてしまうのならば、いっそそっとしておいてほしかった……」という、うれしいはずなのにいたたまれない二律背反な気持ちなのではないかとファンの私は思うのです。

 ◇プロフィル

 こあらい・りょう=埼玉県生まれ、明治大学情報コミュニケーション学部卒。明治大学大学院情報コミュニケーション研究科で、修士論文「ネットワークとしての〈アニメ〉」で修士学位を取得。ニコニコ生放送「岩崎夏海のハックルテレビ」などに出演する傍ら、毎週約100本(再放送含む)の全アニメを視聴して、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続中。「埼玉県アニメの聖地化プロジェクト会議」のアドバイザーなども務めており、現在は北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程に在籍し、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。

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