俳優の佐藤健さんが主演する映画「ひとよ」(白石和彌監督、11月8日公開)のロケが5月下旬、茨城県内のタクシー会社で行われた。この日は映画のラストパートの撮影で、メインの3兄妹を演じる佐藤さん、鈴木亮平さん、松岡茉優さん、そして3人と15年ぶりに再会する母親を演じた田中裕子さんら主要メンバーが顔をそろえた。予定より時間がかかった分、日没前の“マジックアワー”の中で「健君がすごくいい表情をしていた。最高の演技が撮れた」と喜ぶ白石監督と高橋信一プロデューサーに撮影後、話を聞いた。
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「ひとよ」は、「鶴屋南北戯曲賞」「読売文学賞戯曲・シナリオ賞」などを受賞した劇作家の桑原裕子さん率いる劇団「KAKUTA」の舞台作品を映画化。15年前、稲村家に起きた一夜の事件。それは母と子供たち3兄妹の運命を大きく狂わせた。一家は、事件にとらわれたまま別々の人生を歩み、15年後に再会を果たす……というストーリー。
佐藤さんが15年前の事件に縛られ、家族と距離をおいてフリーライターとして働く稲村家の次男の雄二、鈴木亮平さんが稲村家で唯一、家庭を持っているが夫婦関係に思い悩み、幼少期より人とのコミュニケーションに苦手意識を持つ長男の大樹、松岡茉優さんが大樹と雄二の妹で、事件によって美容師になる夢をあきらめ、スナックで働きながら生計を立てている園子、田中裕子さんが15年ぶりに3兄妹と再会を果たす母こはるを演じる。
そのほか佐々木蔵之介さん、音尾琢真さん、筒井真理子さん、浅利陽介さん、韓英恵さん、MEGUMIさん、お笑いコンビ「千鳥」の大悟さんが出演している。
母こはるが3兄妹と再会する重要な舞台となる「稲丸タクシー」でのシーンの撮影。こぢんまりとした事務所の周りには、見本の飲み物のパッケージが色あせている自販機、古ぼけた黒いソファ、新聞や雑誌が雑然と置かれたテーブルやマガジンラック、貼り紙がべたべたと貼られた冷蔵庫など、この令和時代に、平成ですらない“昭和感”が漂う。
白石監督はこの場所をロケ地に選んだ理由を「顔のない田舎にしたかったということと、現代の地方の国道沿いの感じがすごくよく出ているから。日本のどこにでもある田舎の風景になっていて、この物語にとって、もう一つの主人公がタクシー会社だったので、マッチしているなと思う」と説明する。
母こはると3兄妹がそろうラストシーンは“マジックアワー”の中で「最高の演技が撮れた」と白石監督。「今日は撮り切れた。ギリギリで撮ったものも、映画用語でいうと『マジックアワー』になったけれど、すごくよかったし、健君がまさにこの映画のラストカット、すごくいい表情をしていた」と撮れ高に充実感をにじませた。
キャストに豪華な顔ぶれがそろう中で、白石監督が一番こだわったのが田中さんだった。その理由は「裕子さんの存在感や女優としての大きさが、この作品のこはるで輝いてくれるという確信があったので」という。
高橋プロデューサーは「監督は『田中さんにぜひ最初に話をしたい』と言われて、田中さんにはまず、企画自体を提案させていただきました。田中さんは最初の段階では『面白い』とポジティブに考えてくれてはいたんですけれど、最終的に出演するか100%のお返事はいただけていなくて、『ちょっと考えます』と。ただ非常に前向きではあったので、お互いに歩み寄る形で進んでいきました」と出演までのいきさつを明かす。
白石監督は「多分、2年くらい待ったんじゃないですかね。だから出てくれるとなったときはうれしかった」と大喜びした。その結果、「田中さんは、この家族の中で15年前と今とを演じていただいて、物語の背骨として、どういう話なのかを導いてくれている。その強さがこの映画の強さなんだろうな」と思惑はぴたりとはまった。
舞台版は母こはるが主人公だが、映画では「家族全員があくまで主役」という観点から次男の雄二を主人公に据えた。雄二を誰が演じるのかもこの映画のキーポイントとなる。そこで監督から出てきたのが佐藤さんの名前だった。高橋プロデューサーは「プロデューサーとしてはベストな提案をもらえたと思いましたが、佐藤さんのフィルモグラフィーの中で闇を持っている感じのドラマ作品は見たことがない。ある種のヒーロー像というか強いキャラクターが多いイメージがあって。そういう意味で意外だなと感じた」という。
白石監督は「2019年の地方都市にいそうな人たちの話だから、そこに合わせていこうと。健君もひげを生やしたのが初めてと言っていたし、いつもよりはキラキラしていないかもしれないですけど、精いっぱいカッコよく見えるところはカッコよくしようとしている。物語の重さが(佐藤さんが)普段やっている映画とはちょっと違うのかな、と」と佐藤さんの役作りについて語る。
鈴木さんは2年ぶりの現代劇の撮影で「(ドアノブのある)ドアが『新鮮』って言ってました。時代劇は引き戸しかないから」と引き合いに出しつつ、松岡さん、田中さんを含む主要キャストについて「(演出が)とにかく楽。上手だし、見せ方も知っている。映画のことも分かっているし、『ここはこうしたい』と提案してくれるし、おそらく僕が分かっていないところで、本人同士で話してくれたりもしている。兄妹って久々に会ったとき、気まずいというか妙な空気感ってあるよなという部分を、特に『ここをこうしてくれ』と言わずに自然と演じてくれているので、そこに助けられている感じはありますね」と絶賛する。
白石監督が家族の話を描くのは、6月に公開された「凪待ち」もそうだったが、足かけ4年かかった「ひとよ」の企画の方が先だった。「家族の話というのはどこかでやらなきゃいけないなというのはあった。なおかつ今回、こじれた家族。僕の実家も若干こじれているので、物語とシンクロできるんだろうなというのがあった」と監督自身にとって“時機が来た”ことを実感している。
高橋プロデューサーが「白石監督の最高傑作になるのではないか」と予感する今作について、白石監督自身は「もちろん取り組んでいる映画がいつも自己最高傑作になるべくやっていますけれど、撮れ高としても今作は、毎シーンで発見があったり、感動したりしながら撮れているというのが大きい。本当にいい映画になるんじゃないかなという手応えを感じています。僕にとって今回、家族の話というのはすごく大きな挑戦でもあったし、これだけのオールスターの中でいい緊張感でできているし、僕自身がすごく期待しています」と自信をのぞかせていた。
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