地球外少年少女:「電脳コイル」磯光雄監督の15年ぶり新作 宇宙を題材に選んだ理由

「地球外少年少女」の一場面(C)MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会
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「地球外少年少女」の一場面(C)MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

 アニメ「電脳コイル」などで知られる磯光雄監督の新作オリジナルアニメ「地球外少年少女」。2007年に放送された「電脳コイル」以来、約15年ぶりとなる監督作で、テーマはタイトルの通り「地球外」つまり「宇宙」だ。「電脳コイル」でARが浸透した世界を予見した磯監督は、なぜこのタイミングで宇宙を題材にしたのだろうか?

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 ◇みんなやっていないことをやる

 「地球外少年少女」は、AIの発達により、誰もが宇宙空間へ行けるようになった2045年を舞台に、月生まれの子供たちと地球から宇宙旅行にやってきた子供たちが、日本製宇宙ステーション・あんしんで出会うことになる。全6話構成で、前編(第1~3話)が1月28日、後編(第4~6話)が2月11日にそれぞれ2週間限定で劇場上映される。上映と同時に劇場公開版のブルーレイディスクとDVDが劇場で販売。Netflixでも1月28日から配信される。

 なぜ、宇宙なのか? 磯監督は「一言で言うと、みんなやっていないから。『ガンダム』以外ほとんど見かけなくなってしまった。なんでないんだろう? ないなら自分で作っちゃおうと」と語り出した。

 「昔からみんながやっているのと同じことをやるのが苦手なんです。『宇宙をやりたい!』と言ったら『古い』『何十年前にはやったものでしょ』と言われる。流行もなにも、宇宙は138億年前からあるわけでね。企画を始めた当時、すでに宇宙旅行が安くなって、いっぱい人が行く時代がくることは分かっていて、『今こそやるべきだろ!』と思っていたけど、アニメ業界でその話をしても全然通じなかった」

 未知の宇宙には夢や希望がいっぱい! そんな時代ではないのかもしれない。宇宙に興味を持つ人は減っているのだろうか?

 「今でも小学3年生くらいまでは宇宙大好き少年がいっぱいいるけど、高学年になるとなぜか数が減る。『宇宙に行きたい!』と言うと、3年生くらいまでは、お母さんが『立派ねえ』と褒めてくれる。でも、高学年になって言うと『宇宙飛行士は、限られた人だけがなれるもので……』となんとなく止められる。中学生くらいになると変人扱いされて『宇宙に行きたいってあまり言わないほうが……』と空気を読み始める。今はまだ、宇宙はそういう変な場所なんです。昔、海外旅行も一部の変な人が行く変な場所だった。当時その代表が(『おそ松くん』の)イヤミですよ。今は誰もが海外に行けるでしょ。宇宙も今はそういう扱いで、選ばれた人とか一部のお金持ちが行くものと思われているけど、いずれ海外旅行と同じような感覚で普通に行けるようになると思っています」

 ◇誰もが行ける宇宙を描く

 “20世紀の宇宙”から“21世紀の宇宙”へ。磯監督は宇宙をどのように描こうとしたのだろうか?

 「誰もが行ける変じゃない場所として宇宙を描きたかった。“20世紀の宇宙”には、アポロ世代とスペースシャトル世代がいて、アニメでもアポロ世代の『宇宙戦艦ヤマト』から、シャトル時代の『機動戦士ガンダム』という世代交代があったが、いずれも第二次世界大戦の延長で、宇宙でも戦争をしている。そこがやはり“20世紀の宇宙”だった。でも、“21世紀の宇宙”は観光、商業として、面白くて楽しい宇宙が広がっていく。そういう新しいイメージの宇宙にしたかった。でも、企画当時、若者の代表だったゆとり世代に『宇宙に行きたい?』と話をした時、なかなか話が通じなかった。最も宇宙に行かなそうな世代です。でも、話をしているうちに収穫があったんです。普通の人がふらっと行ける最低条件はなんだろう……ということで、ネットとコンビニを設置してみました。それと、この世代の中でも、YouTuberなら行くんじゃないかと思い、美衣奈というキャラクターが誕生しました。風景も変わります。20世紀は重工業の時代だったから、鉄でできていた。でも21世紀の宇宙は鉄じゃないんです」

 “21世紀の宇宙”は「風景が変わる」という。

 「『地球外少年少女』の宇宙ステーションは布でできています。実際にあるんです。インフレータブルといって風船のように膨らむ。小さく畳んで、宇宙に飛ばして、膨らませるんです。“20世紀の宇宙”は重い鉄でできていたけど、商業ベースになるとコストがかかるから軽い布を使うようになる。実際の宇宙も、これから軽工業の風景に変わると思ってます。21世紀の宇宙には、日本人にこそ行ってほしい。日本人は元々、冒険を好まない人が多いので、安心安全が大好き。最近はさらに保守的になって、未知のものを敬遠するようになった。宇宙はその意味で日本から最も遠い場所ですよね。安心安全がないですからね。そこで、宇宙ステーションの名前を“あんしん”にしました。多分、日本で宇宙ステーションを作ったら、政府やお役人が一生懸命考えてこういう感じの名前になる気がします(笑い)。『安心だから来てね!』と。そこで事故が起きて、安心が砕け散る話なんですけど」

 ◇現実と地続きじゃなきゃダメ

 磯監督は「見る前は、宇宙は面白くないと思いこんでいた人が、見終わったら面白かった!となったらうれしいです。みんながつまらないだろうと思っているものを面白くしたい。それがアニメ、エンターテインメントだと思っています。すでにみんなが面白いと思っていて、みんなが作っているものは作りたくない」と続ける。子供を主人公にしたことにも意味がある。

 「“20世紀の宇宙”は、プロフェッショナルが行く場所だった。それを変えたかった。一般の人、特に子供も行ける場所にしたかった。今の日本は可能性の少ない場所になってしまった。子供たちには常に可能性が開かれているはずですが、自分で可能性を閉ざしている子が多いような気がしてます。大人が安心安全を求めすぎだから、空気を読んでいるのかもしれない。20世紀は逆に、過剰に未来とか科学を信じすぎていた。『ドラえもん』みたいに未来がすべてを解決してくれると思っていた。でも、車が透明のチューブを走る未来はこなかった。それで“未来教”は廃れたんだけど、その反動なのか今は“今教”を信じすぎて、未来への可能性を減らしてる気がしてます。特に日本は、未来につながるものを切り捨て、宇宙やドローンなどこれから王道になるものですっかり取り残されてしまっている。前の世代は、未来を見すぎて、今をおろそかにしすぎたかもしれない。その結果、今の日本では、未来を語ることを恐れる空気があるように思います。“今”だけに振り切れた振り子をちょっと戻したほうがいい。宇宙に限らず、未知のものに触れる体験をしてほしい。だからキャッチコピーは『未来からは逃れられない。』なんです」

 未来を描いてはいるが現実と地続きでもある。「電脳コイル」もそうだった。

 「地続きなのが好きなんです。地続きじゃないものを見たい人もいると思うけど、ある程度は地続きで、新しい地平が見えるのが好みなんです。“20世紀の宇宙”は、国家の命運を背負って行く場所だったけど、普通の子供たちが主人公なら、そうじゃないものを描けるんじゃないか。『電脳コイル』もそうだったけど、子供の手と目が届く範囲で行ける場所として宇宙を描きました。かけ離れた世界を描いても、なじまないし、キャラクターを動かそうとしても動かない。『コイル』でも『企業』『縦割り行政』とかという言葉も出てくるけど、そういう話を聞いた、テレビで聞いた……くらいの距離感にとどめるようにしてました」

 アニメだから現実では起こりえないウソも描ける。

 「ウソをつけなければフィクションをやる意味がない、といつも思ってます。フィクション、つまり物語って、人間の脳が求めて作ったものなんです。その需要に答えたのが宗教。自然界を物語に変えたり擬人化して人間に消化できるようにしたものだと思う。物語ってそもそも自然界には存在していないんですよ。でも、それだと自然界の法則が正しく解き明かせなかったんで、物語を排除してみたのが科学なんです。ただ、今の科学は物語を脱却できていない。人間が作ったものだから。これは最終回のテーマにも関係あるのですが……。その意味で宇宙は難しいんですね。まだ人間の物語として消化されてないから。ありのままの宇宙を描こうとすると、人間に親しめる物語にならないんです。だから、今回迷った時は、正しい宇宙ではなく、楽しい宇宙を描こうとしました。エンターテインメントなので、正しくないところも、面白いほうを選ぶようにしました。例えば、大きいものを描く時、後方から照明を当て、シルエットが浮かび上がる……と描くことがありますが、宇宙には大気がないので浮かび上がらない。今のお客さん、今の人類が見ると違和感があるかしょぼく見えちゃう。大半が宇宙に行ったことがある時代の人類なら、リアルな描写が共感を得て正解になるかもしれないけど、人類はまだそこまでいってない。リアルだけの宇宙は『今の人類には早すぎる』んです。この作品はドキュメンタリーでなくエンターテインメントだから、お客さんが楽しむためなら平然とウソもついています」

 「電脳コイル」に影響を受けて、AR業界に入った人も多いように、「地球外少年少女」を見て、“21世紀の宇宙”に関心を持つ人が増えるかもしれない。「地球外少年少女」は、それだけのパワーがある傑作だ。

 「みんなやっていない」ことをやってきた磯監督が次にどこに向かうのかも気になるところだ。「宇宙はしばらくないですね。一生に1回作ればいいかな。いろいろな作品を作りたい。宇宙もその一つだったので」といい、何だかまたとんでもない作品が生まれてくるかも!?と期待が高まる。

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