橋本愛:「桐島、部活やめるってよ」から10年 そこにたたずむだけで説得力を持たせる、希有な女優としてのすごみ

橋本愛さん
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橋本愛さん

 デビュー当時から「告白」(2010年)、「管制塔」「アバター」(共に2011年)と、目の奥に多くの感情を想起させる神秘的な存在感がスクリーン上で目を引く存在だった橋本愛さん。2012年公開の映画「桐島、部活やめるってよ」では、スクールカースト上位の女子グループの中の一人・かすみを演じ、日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ、数々の映画賞で新人賞を受賞した。あれから10年、現在放送中の連続ドラマ「家庭教師のトラコ」(日本テレビ系、水曜午後10時)では、地上波民放連続ドラマ初主演を果たした。いまや映像界では引っ張りだこの実力派女優である橋本さんの10年を振り返る。

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 「桐島、部活やめるってよ」で橋本さんが演じたのは、クラスの中でも目立つグループに属する東原かすみ。ヒロインという立ち位置で、神木隆之介さん扮(ふん)する前田涼也が密かに思いを寄せる女性だ。イケてるグループの一員ながら、どこか人の目を気にしていて本音を見せない。ヒロインでありながら、物語を通じてかすみの思惑がはっきりしないという難役を演じた。

 そんな中、橋本さんは曖昧な役柄をそのままリアルに表現した。演じているというよりも、この学校に本当に存在している生徒のような自然さが見られた。本作の初日舞台あいさつで橋本さんは感極まって涙を流し、「最高に幸せ」とこの映画との出会いに感謝していたが、彼女にとって大きな分岐点になった作品といえるだろう。

 こうした橋本さんの特徴が存分に見られたのが、2014年~2015年に公開された「リトル・フォレスト」だ。ドラマチックな展開が一切ない作品だったが、橋本さんが演じたいち子は、大自然がもたらす豊かさと厳しさの中、自給自足を行い“生きる”ということを体現。カメラすらも意識させないほど、そこにたたずんでいるだけで、いち子の心の機微がじんわりと伝わってきた。

 橋本さんが、テクニックで演じるというより、“しっかりそこに存在する”ということを大切にしているのは、過去のインタビューでも垣間見える。2016年に公開された映画「バースデーカード」では、フィクションでありながら「うそを極力なくすこと」を大切にしていると話していた。

 そのためには役と徹底的に向き合う。キャラクターの気持ちを理解して演じるというよりは同化するという表現がぴったりくる。印象的なビジュアルを持つ女優さんでありつつも“橋本愛”が演じているということをまったく感じさせないほど、そのキャラクターとして物語にたたずんでいる。

 2021年に放送されたNHK大河ドラマ「青天を衝け」で、吉沢亮さん扮する渋沢栄一の幼なじみで、後に妻となる女性・千代を演じていたが、主人公の青春時代から、どんな悲しくてつらいことがあっても、凛としたたたずまいで強く生きる千代の姿は圧倒的だった。吉沢さんも千代をみとるときは「胸が張り裂けそうになった」と話しており、千代という女性の存在感の大きさを強調していたが、それも橋本さんが千代という女性に同化していたからこそ、感情が乗ったのだろう。

 そんな橋本さんが、現在放送中の「家庭教師のトラコ」では、相対する人物によってコロコロ性格と衣装が変わるという、ある意味で橋本さんの特徴とは遠い、デフォルメされたキャラクターに挑んでいる。

 もちろんキャラクターを自在に切り替えることは、橋本さんの演技力をもってすれば、そんなに難易度の高いことのようには感じていなかったが、体育会系キャラ、セクシーキャラ、落ち着いたキャラの切り替えのタイミングで、しっかりと間をもって、トラコの奥に潜む心の闇を想起させているのは、こうしたデフォルメされたキャラクターを演じても、うそなくトラコという人物と同化しているからなのだろう。

 俳優にも、しっかり役柄を研究し、理論的にアプローチするタイプもいれば、瞬時に役と同化してしまう天才的タイプもいる。橋本さんは、作品や役柄に真摯(しんし)に向き合い芝居を組み立てる努力をしつつ、現場でスッと役と同化していく瞬発力も感じられる。「家庭教師のトラコ」は遊川和彦さんの脚本だけに、今後予期せぬトラコのバックボーンが描かれていくのかも……と思われるが、その事実が分かったとき、より橋本さんのトラコの魅力が増していくことだろう。(磯部正和/フリーライター)

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