小野憲史のゲーム時評:ウクライナ侵攻が題材のシリアスゲームが登場 広がり見せる“ゲームの力”

「Ukraine War Stories」のゲーム画面
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「Ukraine War Stories」のゲーム画面

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、シリアスゲームについて取り上げます。

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 ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻を題材にしたPCゲーム「Ukraine War Stories」が注目を集めている。PCゲームのデジタル配信プラットフォーム「STEAM」で、無料でダウンロード可能だ。ゲームは選択肢を選んでストーリーを進めていくノベルゲームで、ウクライナの三都市、ホストメリ、ブチャ、マリウポリで起きた惨劇が描かれている。

 戦争ゲームといえば主人公が超人的な戦士となって敵軍と戦ったり、司令官となって部隊を指揮したりするものが多いが、本作の主人公は民間人だ。ホストメリでは定年退職した老エンジニア、ブチャではゲーム好きの15歳の少年、マリウポリでは外科医となって、戦火に翻弄(ほんろう)されるそれぞれの人生を追体験していく。選択肢によってストーリーや登場人物の心理状態が変化していき、主人公と周囲の人々をバスで脱出させられればゲームクリア。逆に主人公が絶望に陥ると、その時点でゲームオーバーだ。

 本作を開発したのはキーウの独立系ゲーム会社、Starni Gamesだ。ゲームの配信ページには、「金銭目的ではなく、ウクライナの人々の身に実際に起きた出来事を世界中の人々に知ってもらうために作成された」と記されている。実際に本作では、ロシア軍による民間人への暴行、略奪、街の破壊などが繰り返し描かれる。ゲームは実際の出来事と目撃者の証言にもとづいて制作され、参考資料も含まれる。ゲームを通して軍や非営利団体に寄付もできる。つまり本作はウクライナの企業が作成したプロパガンダゲームだとみなすことができるかもしれない。

 もっとも、本稿で注目しているのは、ゲーム内容の信ぴょう性や、ゲームの政治的利用に対する是非ではなく、戦争の当事者が自分たちが置かれている惨状を、ゲームという手段で世界に発信するという行為そのものの新規性と有効性だ。実際にプレーしてみると、プレーヤー自らが運命を選択して切り開いていく、ゲームならではのインタラクティブな特性が、よく生かされていることがわかる。

 このようにゲームをエンターテインメント以外の用途に活用する試みはシリアスゲームと呼ばれ、日本でも知育やリハビリ分野などで広がりつつある。小学生向けのキーボード練習用タイピングゲームなどは好例だ。もっとも、これまではゲームとしてもシリアスさでも、中途半端なものが多かった。それがゲーム開発の敷居が下がると共に、本作のように両者の要素を高いレベルで兼ね備えたゲームが増えてきたのだ。

 こうした動きに世界の教育界も反応を見せはじめている。ユーゴスラビア紛争下のサラエボ包囲を題材にしたゲーム「This War of Mine」は、ポーランドでゲームとして初めて学校推薦図書に選定された。米アラスカの先住民族イヌピアットの文化や伝承を元にしたゲーム「Never Alone (Kisima Ingitchuna)」が、オーストラリアの中学校で教材活用された例もある。シリアスゲームの普及に伴い、こうした事例はさらに増えていくだろう。

 残念ながら日本では利用が限定的だが、GIGAスクール構想の進展に伴い、これらのゲームをプレーできる環境は整いつつある。ゲームの持つ力がますます広がりを見せつつある、そうした世界に生きていることを、改めて感じさせられる事例だと言えるだろう。

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 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーランスで活躍。2011からNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)の中核メンバー、2020年から東京国際工科専門職大学講師として人材育成に尽力している。

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