解説:朝ドラと戦争 今もファンの心に残る、5年前の異例の“戦場描写”と「覚悟」

朝ドラ「エール」で主人公を演じた窪田正孝さん
1 / 1
朝ドラ「エール」で主人公を演じた窪田正孝さん

 NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「あんぱん」の第12週「逆転しない正義」(6月16~20日)では、小倉連隊の伍長として、中国福建省に上陸した嵩(北村匠海さん)の姿が描かれた。今作のように、大正~昭和を主な舞台とした朝ドラで、物語上、避けては通れないものの一つに戦争があることは間違いないだろう。その一方で「あんぱん」のように、回想やモノローグではなく直接的に“戦地”が登場する作品は意外と少なかったりもする。そんな朝ドラにおいて近年、異例ともいえる“戦場描写”があった作品とは? 当時のチーフ演出の言葉を交えて紹介したいと思う。

あなたにオススメ

 ◇主人公は“インパール作戦”が展開される激戦地へ

 その作品とは、「あんぱん」からさかのぼること5年、窪田正孝さん主演で2020年度前期に放送された朝ドラ「エール」だ。全国高等学校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」や、プロ野球・阪神タイガースの応援歌として知られる「六甲おろし」などを手がけた福島県出身の作曲家・古関裕而(ゆうじ)さんと、その妻・金子(きんこ)さんをモデルにした物語が展開し、ヒロイン役は二階堂ふみさんが務めた。

 2020年3月30日にスタートし、新型コロナウイルス感染拡大の影響による2カ月半の撮影休止期間を乗り越え、当初の予定から約2カ月遅れの同年11月26日に本編が完結。その翌日放送の最終回は、古関さんの数々の名曲を、人気キャラクターたちが歌いつないでいくコンサートという、過去に類を見ない朝ドラとなった。

 そんな「エール」の中でも特に印象的だったのが、同年10月12~16日放送の第18週における“戦場描写”だ。

- 広告 -

 同週の副題は「戦場の歌」。主人公の裕一(窪田さん)は、慰問でビルマ(現ミャンマー)を訪れる。そこは“インパール作戦”が展開される激戦地だった。恩師の藤堂先生(森山直太朗さん)が前線の駐屯地にいることを知った裕一は、危険を冒して会いにいく。兵士たちと演奏を通し、音楽で気持ちが一つになった翌朝、部隊を悲劇が襲う。

 その悲劇とは突如の敵襲で、事態を飲み込めない裕一の目の前で次々と兵士が撃たれ、そしてついには、藤堂先生さえも……。やがて、長かった戦争は終結。裕一は自分の作った音楽が人々を戦うことに駆り立て、若い人の命を奪ってきたことを悔やんで曲を書くことができなくなってしまい……と展開した。

 ◇“戦場描写”に込めたかった「抗しがたい悲劇」

 放送の時期的に物語の終盤に差し掛かっていて、戦後パートに向けての“一番大事な週”となっていた第18週。「エール」のチーフ演出で、同週の脚本も手掛けた吉田照幸さんは、当時「こういうことを朝、食卓に見せるっていうことの若干のちゅうちょ、迷いはあった」としながらも、キャスト・スタッフ含めて「みんなの中に覚悟はあったんじゃないのかなって思います」と撮影を振り返っている。

 さらに吉田さんは「実際はコロナ(禍)前に一回台本は書いてあったのですが、(撮影休止期間が)2カ月あった中で、戦争の部分は書き直しました」と明かしていて、それは「抗しがたい悲劇というか、どうにもならない悲劇があるんだってことを、自分が体験したことがなかったものですから、そういったものをどう作品に込めたらいいのか」ということに今一度向き合ったからだという。

 また、この第18週は「裕一の自我の喪失、自分が信じていたものが全て崩壊していく」週にもなっていて、そこに至るまでの描写も「当初、考えていたものより、かなり鮮烈になったんじゃないのかなって思っています。特にコロナ明けで撮ったんですよね、最初の方で。そういうのを含めて、みんなの中に、僕らだけじゃなくて覚悟はあったんじゃないのかなって思います」と結論づけていた。

 話を「あんぱん」に戻すと、“戦地”パートの最大の山場となった第59回(6月19日放送)では、オープニングのタイトルバック映像と、RADWIMPSによる主題歌「賜物」が一切流れない演出が話題となったが、SNSでは「私の中では『エール』と並ぶ衝撃な戦争回でした。オープニングなしの特殊回。見応えありまくりでした」といった声も。それだけ「エール」の“戦場描写”が、今も朝ドラファンの心に残っている証だろう。

テレビ 最新記事