小久保裕紀:大谷翔平選手の11年前の驚きの取り組みを明かす 亡き母への後悔 6歳のとき傷つくのを分かっていて放った言葉とは? 「徹子の部屋」で

3月12日放送の「徹子の部屋」に出演した小久保裕紀さん=テレビ朝日提供
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3月12日放送の「徹子の部屋」に出演した小久保裕紀さん=テレビ朝日提供

 プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀監督が、3月12日放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。ワールド・ベースボール・クラシックに出場中の大谷翔平選手のすごさや、亡き母への思い出などを語った。

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 大谷選手は、ホームランバッターとして米国で成功したところが一番すごいことだと考えている。日本で50本以上ホームラン打った松井秀樹さんが米国では31本が最多だった。大谷選手は2年連続で50本以上打っている。日本人選手がメジャーリーグでホームラン王のタイトルを取るとは野球人は誰も考えていなかった。

 2015年、大谷選手と生活を共にする期間が2週間ほどあった。自分が食べるバイキングの料理を皿に盛り、席に置いた後、上からスマホで撮り、送信していた。どこに送っているのかと聞くと、栄養士に送っているという。「今から11年前ですよ。その時代から、この食べ物を食べてトレーニングをして体を大きくして、将来はアメリカでホームランを打てるバッターになるという取り組みをしていたんです。普段の心がけと言いますか取り組みが全く違うことを目の当たりにしました」と舌を巻く。

 幼い頃に両親が離婚。女手一つで育ててくれた母は2017年に70歳で亡くなった。亡くなるかなり前にがんと分かっていたので、秋田の温泉に行ったり、行きたい場所に連れて行くなどした。最初は母と2人きりで間が持つかなと少し緊張したというが、旅行を重ねるにつれて慣れていった。がんと分かっていたために、亡くなる前に過ごした時間と思い出がたくさんあってよかったという。「突然逝(い)かれていたら、立ち直るのに時間がかかった(だろう)」と振り返る。

 その母を傷つけることを言ったことがある。野球を始めたばかりの6歳の時だった。「強烈に印象に残っています。これを言ったら絶対に母が傷つくのは分かっていて言った言葉なので」と語る。野球をやめたかったため、「勝手に野球を始めさせて、俺を今からお父さんのところに戻せ」と言った。絶対に傷つくと思っていたが、それくらいグラウンドに行きたくなかった。

 母から「男が一度やると言ったことは最後までやり通しなさい」と言われ、車の後部座席に乗せられてグラウンドに連れて行かれた。「その日がなければ野球を続けていない」「6歳の子供ですけれど、何ということを言ったんだと今大人になっても残っている」と回顧していた。

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