ヒトラー暗殺、13分の誤算:ヒルシュビーゲル監督「たった一人でも世界を変えられると感じてほしい」

映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」について電話で語ったオリバー・ヒルシュビーゲル監督
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映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」について電話で語ったオリバー・ヒルシュビーゲル監督

 1939年に起きた家具職人ゲオルク・エルザー(1903-1945年)によるヒトラー暗殺未遂事件のてん末を描いた映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」が16日から順次公開中だ。メガホンをとったのは、「ヒトラー~最期の12日間~」(2004年)や「ダイアナ」(13年)などの作品で知られるドイツ人のオリバー・ヒルシュビーゲル監督だ。「ドイツと同様、言われたことに従属してしまう国民性」の日本人の観客に対し、「考えずに従うことを警戒しよう」と作品を通して訴えるヒルシュビーゲル監督に電話で話を聞いた。

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 ◇事実をごまかさずに見せる

 今作は、ドイツ本国で、エルザーが亡くなった4月9日に公開され、概ね好意的に受け止められたという。とりわけ若者たちからはエルザーという人物を通して、「ドイツ人がたどってきた歴史や当時の空気、国の変遷を見ることができた」、あるいは「たった一人でも世の中を変える事ことができる、違いをもたらすことができるということを感じることができた」などポジティブな感想が寄せられ、「喜ばしいことでした」とヒルシュビーゲル監督は声を弾ませる。

 その一方で、拷問や絞殺刑のシーンはつらかったという声も上がった。そういった意見はヒルシュビーゲル監督には織り込み済みだった。にもかかわらずあえて描いたのは、そこに「このような恐ろしいことを我々ドイツ人が行ってしまったのだという事実を、ドイツ人監督としてごまかさずに見せなければならない」という思いがあったからだ。

 問題となった事件は1939年11月8日に起きた。ミュンヘンにあるビアホールで、仕掛けられた時限爆弾が爆発。悪天候を理由に、そこでの演説を早く切り上げたヒトラーは無事だったが、8人の死者を出した。犯人として逮捕されたのが、当時36歳の家具職人エルザーだった。

 エルザーを演じるのは、ドイツ人俳優のクリスティアン・フリーデルさんだ。これまで「白いリボン」(09年)や「チキンとプラム~あるバイオリン弾き、最後の夢~」(11年)などに出演してきた。フリーデルさんには撮影前、「エルザーはヒッピーで、自由な精神の持ち主で、いい意味で女好き。とはいえ、女性を追い回すわけではなく、女性を理解しているからモテモテだった。そして、ミュージシャンでもありイケメン。無学ではあったけれど、どの写真を見てもクールでおしゃれな人間であることが感じ取れる……そんなキーワードを伝えた」といい、その上で役作りしてもらった。

 ◇話したがらなかった近親者

 これまで、「ヒトラー、最期の12日間」や「ダイアナ」でも実在の人物を扱い、そのたびに「ぼう大な量のリサーチ」を行ってきたヒルシュビーゲル監督。ただ、「自分というフィルターを通して表現する」以上、作品に主観的なバイアスがかかることも承知しているという。だからこそいつも「少なくとも、リサーチを通して触れたいろんな要素から得たエネルギーを全部使い、うそをつかず、“何か”を作らず、リアルな作品にすること」を心掛けているという。それは、フィクションの作品を作るときも同じで、「それが観客の求めていることだと思う」と襟を正す。

 とはいえ今作の場合、「実は、近親者の多くが話をしたがらなかった。その点は苦労しました」と打ち明ける。なぜならエルザーは、彼の出身地では「反逆者」のレッテルを貼られており、そのことで一族が長く苦しめられ、「悲しいことに、それは今日まで続いている」からだ。そんな中、協力的だったエルザーのおいには随分助けられた。「彼が(映画を)とても気に入ってくれたことは、僕にとって非常にうれしいことでした」と喜びを口にする。

 ◇エルザーが置かれた異常な状況

 さて、逮捕されたエルザーだが、彼は単独犯を主張する。しかしヒトラーは頑なにそれを信じようとしなかった。なぜなのか。その理由を監督自身は「もともとヒトラーの政党は労働者階級からなっており、それが彼のムーブメントの礎でもありました。ですから、労働者階級が多い田舎の、無学のエルザーが自分を暗殺しようとしたことは、個人的な侮辱でもあったわけです。だから(単独犯であることを)認めたくなかった。そしておそらく、のちに見せしめのための裁判を行おうと考えていたのだと思います」と考えている。。

 そのためエルザーは、ヒルシュビーゲル監督によると、「特別な人しか入れない収容所に入れられ手厚くケアされ、外部との接触はおろか、他の囚人たちとの接触を断たれ、自殺を防ぐために看守がつきっきりという異常な状況にあった」そうだ。

 その、エルザーの尋問シーンには、女性タイピストが出てくる。名前もない、ほんのわずかな登場シーンではあるが、彼女の存在は強い印象を残す。ヒルシュビーゲル監督は脚本を読んだときから、「このキャラクターは大きくフィーチャーしなければと思っていた」と明かす。なぜなら、「彼女は、当時のドイツのように何も言わず、観客から見ても、体制支持派なのか反体制派なのか分からない。自分の仕事を命じられたまま淡々とこなし、当時の政権の一部として機能していた」。その姿が、「当時のドイツという国を象徴しているように思えた」からだ。

 また、監督自身印象に残っているシーンに、エルザーが自分の子供を初めて見るシーンを挙げる。「美しいし、無垢(むく)なエネルギーを感じたし、赤ちゃんというのは、穏やかな平和の象徴でもあると思うのです。赤ちゃんを手に抱くエルザーにもそれが感じられた。僕を含め、その場にいたスタッフ全員がそう感じた。平和であることこそが、本来あるべき人生の姿なのですから」とその理由を語った。

 ◇日本人には「しっかり考えてほしい」

 そのようなエルザーの赤ん坊やタイピストの存在は、ヒルシュビーゲル監督がこの作品で発信したかったメッセージと重なっていく。監督は、西側諸国では「プライバシーというものがどんどん軽視されてきている」こと、「管理体制が強くなり、みなが決められた方向を向かなければいけないという考え方が出てきている」こと、また、人々の「政治に対する興味が薄れてきている」ことを懸念しつつ、この映画を通じて、「個人の自由を大切にしている男が、間違っていると思ったことに対して立ち上がり、戦う姿を通じて、たった一人でも世界を変えることができるということを感じてほしい」と訴える。

 そして、「民主主義社会に生きていることを実感してほしい」、とりわけ日本人には、「しっかり考えてほしい。というのも日本人は、ドイツ人と同じように、言われたことに従属してしまう国民性だと思う。だからこそ、どんどん問いかけ、何も考えずに受容することをやめていこう!ということを(映画から)感じてほしい」と呼び掛けた。映画は16日から全国で順次公開中。

 <プロフィル>

 1957年、ドイツ・ハンブルグ生まれ。ハンブルグ造形美術大学で絵画、グラフィックアート、映画を学ぶ。2001年「es[エス]」で劇場映画監督デビュー。「ヒトラー~最期の12日間~」(04年)が米アカデミー賞外国語映画賞にノミネート。「インベージョン」(07年)でハリウッドデビューを果たす。ほかの作品に「ダイアナ」(13年)などがある。
 (文:りんたいこ)

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