心に傷を抱えた男女が、出会い、孤独を分かち合い、やがて再出発するまでを描く感動作「起終点駅 ターミナル」が7日に公開された。「はつ恋」(2000年)や「深呼吸の必要」(04年)、最新作「種まく旅人 くにうみの郷」(15年)などの作品で知られる篠原哲雄監督がメガホンをとった。「中年男の悲哀を描くのは初めてだったような気がします」と語る篠原監督に、主演の佐藤浩市さんと本田翼さんのキャスティングの理由や、映画に込めた思いなどを聞いた。
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北海道釧路市で弁護士をしている鷲田完治は、覚醒剤事件の被告人で、椎名敦子という女性を弁護することになる。25年前のある出来事から、家族も地位も捨て孤独に生きてきた完治だったが、敦子と出会ったことで、彼女の生き方はもとより、彼自身の生き方をも変化していく……というストーリー。原作は、13年に「ホテルローヤル」で第149回直木賞を受賞した桜木紫乃さんが、12年に発表した短編集「起終点駅 ターミナル」に収められた表題作だ。篠原監督が「原作は面白いですけれど、何か変化がほしいと思っていました」と語ったように、映画化に当たってはマイナーチェンジを加えた。
例えば、原作では完治にきちんと届く息子からの結婚式の招待状。しかし映画では、ある事情から届かない。あるいは「完治もまた変わっていくべき。そこを見たいよね」という思いから発想した映画ならではの結末。これには、原作者の桜木さんも「喜んでくださった」と篠原監督は安堵(あんど)の表情を浮かべる。
登場人物の年齢も変えている。原作での完治は65歳。敦子は30歳。映画でそれぞれを演じるのは、佐藤浩市さんと本田翼さんだ。完治役の佐藤さんは54歳だが渋みのある風貌から原作との年齢差をカバーできるとして、敦子役の本田さんは1992年生まれの23歳。しかし篠原監督は、キャスティング当時、まだ本田さんが出演した映画「アオハライド」(14年)の公開も、テレビドラマ「恋仲」(15年)の放送もされておらず、「CMで出てきた女の子で、それほど色がついていない印象」という本田さんの名前がプロデューサーから挙がったとき、「かえって面白いかもしれない。佐藤浩市さんとどう見えるんだろう。親子のように見えるかもしれないし、ラブストーリーにしては年の差があり過ぎる。ほら、恋愛しそうもないじゃないですか、この2人。だからこそ、そこがいいなと思った」と振り返る。
一方、今回初めて一緒に仕事をすることになった佐藤さんの名前は、完治役に誰がいいかと聞かれたとき、「いの一番」に挙げたという。その理由を「なんていうのかなあ……」と言葉を選びつつ、「中年男の不器用さというか、本来持っているものが目覚めてくるような、そういうものを隠し持っているような気がしたんです」と語る。そして、「この役は、最後は多少カッコいいのかもしれないですけれど、基本的には“ダメ”を背負っている。だけど、妙な色気がある。今の浩市さんは、ちょうど50代の半ば。原作は60いくつなんですけど、その年齢では枯れ過ぎていて、完全に“お父さんと娘”になっちゃう。だから、むしろ微妙な、ギリギリ恋も成り立つかのような、女性からしても放っておけない魅力のある方ということで、浩市さんがいいと思ったんです」と言い切る。
確かに、ポスタービジュアルにもなっている、篠原監督いわく「象徴的な場面」の、完治と敦子が寄り添う写真を見ても、この2人が恋愛するようには見えない。しかし、だからこそ2人の関係に興味が湧く。篠原監督は「そうなんです」とうなずきながら、「ラブストーリーとはちょっと違う。親子愛でもない。いわゆる人間愛ですよね。そういうことが、この映画の根底にあると思うので、男らしさもありながら苦悩もあり、色気もある。人を受容していく優しさもあるが、彼(完治)自身、いろんなものを背負ってきているから、人を拒絶もして生きてきた。そういう意味での怖さというか、閉じた感じ。その中に、ほんのかすかなことだけで、偶然この(敦子という)女の子が入っていく。ある意味、隙間(すきま)に入ってくるような感じなんです」と説明する。
その“隙間の入り方”が本田さんは絶妙で、「物おじしない感じで、人の心の中にスーッと入ってくる。それでいて人を不快にさせず、しょうがないな、こいつに頼まれたらなあ、みたいに思わせる人懐っこさがある。そういうところが彼女の持ち味」と、その人柄を評する。なるほど、敦子は、料理好きの完治のところに筋子持参でやって来て、イクラのしょうゆ漬けを作らせたり、完治の過去を探りながら、徐々に彼の心に分け入ったりするが、そこに不しつけな図々しさは微塵(みじん)も感じられない。むしろ愛らしい。篠原監督は「本田さんの無邪気なところと相まって、非常に良かったのではないかと思います」と仕上がりに胸を張る。
ところで、完治がかつて愛した女性で、尾野真千子さんが演じる結城冴子は、赤いマニキュアをしていた。敦子もまた、同じ色のマニキュアをしている。その意図を篠原監督は、「映画の中の意味とすれば、敦子は冴子の生まれ変わり……正確には言い方が違うんですけど、完治にとって敦子は、自分の過去を思い起こさせる存在なのです」と語る。
また、完治が冴子の店を幾度となく訪れたり、中村獅童さん演じるヤクザの二代目組長が完治の家を何度か訪ねたりする様子を、今作では繰り返し描く。それについて、「そういう繰り返しは、実はすごく大事じゃないかと思っていまして」と篠原監督は話し始めた。「(冴子の店がある)あの路地に行くまで、完治が大通りを通る場面は3回あるんですが、最初の場面は普通に歩き、2回目も普通に歩き、でも道の歩き方が少し変わっている。3回目においては雪の日でタバコを吸っている。そういうふうに、同じ場所を繰り返し捉えることで、彼の中で何かが変わっていくということを、この映画では描いているんです」と説明した。
果たして、完治はどう変わっていくのか。それを見届ける観客に対して篠原監督は「何かを抱えて生きている人は多いですし、今の世の中、みんなが満足して生きているわけではないでしょう。ですから、この映画が自分の人生を見直すきっかけになれば。人は、出会いによって変わっていける、発想を変えれば次に進むことができるんだということを、じわーっと感じてもらえるといいですね」とメッセージを送った。映画は7日から全国で公開中。
<プロフィル>
1962年生まれ、東京都出身。96年「月とキャベツ」で劇場用映画デビュー。主な監督作品に「はつ恋」(2000年)、「命」(02年)、「深呼吸の必要」(04年)、「地下鉄(メトロ)に乗って」(06年)、「真夏のオリオン」(09年)、「小川の辺」(11年)、「種まく旅人 くにうみの郷」(15年)などがある。初めてはまったポップカルチャーは「ビートルズ」と即答。13歳の頃、音楽の授業で先生が曲をかけてくれたのが“出会い”だった。当時、唱歌やクラシック、歌謡曲しか知らなかった「真面目な少年」だった篠原監督にとって、そのとき聴いたビートルズは「衝撃的」だったそうだ。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)
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