映画「64」:瀬々敬久監督に聞く 原作と異なる結末「行動する三上でラストに向かいたかった」

映画「64-ロクヨン-後編」について語った瀬々敬久監督
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映画「64-ロクヨン-後編」について語った瀬々敬久監督

 横山秀夫さんの小説を基に実写化した映画映画「64-ロクヨン-」(瀬々敬久監督)の後編が11日に公開された。映画は時効間近となった昭和64(1989)年に起きた通称“ロクヨン”と呼ばれる事件を模倣した事件が平成14(2002)年に発生し、佐藤浩市さんが演じる県警警務部の広報官・三上らが事件解決に奔走する姿を描いている。今作のメガホンをとった瀬々監督に話を聞いた。

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 ◇原作と異なるラストにしたことで「怖い部分もある」

 5月に前編が公開されたが、「大人向けの作品で派手なところがない映画なので、こういう作品に人が入ったということを映画関係者たちも喜んでくれている」と瀬々監督は切り出し、「非常にうれしいと思う半面、後編は小説とは違うラストになっていたりしますから、これでやるんだと思って作りましたが、広く受け入れられるかどうかに関して、怖い部分もあります」と率直な心境を打ち明ける。

 脚本完成までに原作者の横山さんとは何度も話し合いが行われた。瀬々監督は「後編の最後が原作とは違った終わり方になっているので、そこに関してはお話ししました」といい、「やっぱり横山さんは当然ご自分の作品に対する思いがあるのと同時に、広報官である三上が広報官として全うすることでこの事件を終わらせたいという思いがすごくあった」と話す。

 それに対して、「原作は三上の一人称で書かれていて、終わり方も、ある種、三上の中で事件解決が行われる。それは横山さん自身も『今回は映画化できないだろう』というつもりで書かれたらしい(笑い)」と前置きし、「そういう意味では(原作は)映画化するにはすごく困難な終わり方をしているし、映画は主人公の行動で展開していくものだから、“行動する三上”ということでラストに向かいたかったのが大きい」とエンディングを変更した理由を説明する。

 瀬々監督は自身の監督作「アントキノイノチ」(11年)などでも原作とは異なるラストにしているが、「かなりしかられました。それがいいと思って作ったのですが、妹が見て、『あの終わりはない』と言われました(笑い)」と明かし、「だから今回も怖いのですが、今回は大丈夫だと思います」と自信をのぞかせる。

 ◇原作の映像化では「原作の持つ“根っこ”」を意識

 原作も上下巻と膨大だが、映画も前後編の2部作という大作。「僕が入ったときには、脚本の久松(真一)さんが作った前編と後編のプロットがあって、そこは変わっていない」と瀬々監督は説明し、前編と後編でテイストが違うことを、「原作自体がそうなっていると思う。原作の前半はいろいろな人間関係を描いていて、そういう意味ではヒューマンドラマに近い」と印象を語る。

 さらに、「僕たちは1本の映画として見せたかったのは当然ですが、前編と後編に分かれていくので、前編はドラマコーナーに置かれてもいいですが、後編はミステリーコーナーに置かれてもいい。ジャンルとしては差があってもいいのではというつもりで挑んでいる部分は大いにありますし、(前編と後編で)あえてテイストの違う映画を作ろうと思いました」と意図を明かす。

 長編を撮影する際にはバランス取り方などが難しそうだが、瀬々監督は長編を数多く撮ってきている。「長編が好きなんです(笑い)」と楽しそうに話すも、「今回は2時間にまとめるのは難しいと思いますが、無理をすれば多分3時間にはなったのでは。でもそうなると小説通りの終わり方になったでしょう」と深くうなずきながら語った。

 原作を映画化するにあたっては「原作の持っている“根っこ”というか、魂の部分というと大げさかもしれませんが、そこの部分をやっぱり大切にしなければならない」と重要視しているポイントを明かし、「そこが原作を映画にする意味合いでもあるので、おろそかにしないでやりたいと常々思っています」と持論を語る。

 ◇後編では三上と雨宮がベンチで語らうシーンが印象的

 主演の佐藤さんをはじめ、綾野剛さん、緒形直人さん、瑛太さん、永瀬正敏さんら豪華なキャストが出演している。「浩市さんが中心にいたというのが、この映画の力になっているのでは」と瀬々監督は力を込め、後編の予告でも使われている三上の「刑事はそんなことも分からないのか」というせりふについて、「あれはたしか浩市さんが考えたせりふです。浩市さんが脚本作りにも入ってくれていたので、『ここでこういうせりふを』みたいなことがあったと思います」と打ち明ける。

 後編で特に好きなシーンについて、三上役の佐藤さんと雨宮役の永瀬さんがベンチに座って語り合うシーンだという。瀬々監督はその理由を「空気感みたいなものが抜群によかった」と切り出し、「(三上と雨宮は)お互いに子どもがいて、かたや死んでいる、かたや失踪しているという2人が、他愛ない言葉のやり取りなのですが、ものすごく深いものが2人の間であるような感じがする。シンパシーみたいなものが行き交っているようなシーン」と解説する。続けて「それほど強烈なインパクトがあるシーンではありませんが、映画というのはそういうシーンのほうが心に残ってくることもある」と感慨深げに語る。

 ◇親子で見に来て話し合ってもらいたい

 「64」という作品の魅力について、「昭和64年はわずか7日間しかなく、そこで誘拐事件が起きていて、それから14年たって、そのことを今でも思い続けている人たちがいる。被害者も、関わった刑事たちものどに刺さった骨のように思い続けていて、その落とし前をつけようとしている」と切り出し、「どこかに忘れ物をしたように、ずっと思い続けていることって、誰にでもあると思う」と推しはかる。

 続けて、「忘れない物語でも、忘れてはいけない物語でもいいですが、そういう物語はみんな何かしらあると思うし、それに対する落とし前をどうつけるかという人々の気持ちの集合体みたいなものが『64』だと思う」と自身の見解を述べ、「そこを一番大切にしたいと思ったし、落とし前をつけた果てに何が見えるか。小さな希望でもいいから、そういうものが見えるような映画にしたいと考え、作りました」と思いをはせる。

 今作は「内容的には40~50歳ぐらいの方が多く見ると思う」と瀬々監督は感じているが、「キャスティング的には、坂口健太郎さんとか綾野剛さんとか瑛太くんとかも出ているし、若い方も入り込むことができる顔ぶれだと思うので、親子で見に来てもらいたい」とメッセージを送る。

 さらに、「警察の話ですが、組織と個人という意味合いでは一般社会にも通じるような内容」と語り、「昭和64年ということも、僕たちと同世代は如実に分かるけれど、若い人たちはある種、“時代劇”や“外国映画”だと思って見てもらっても結構。親子で見て『こういうこともあった』と家に帰って話し合ったりするといいですし、そういうことも、この映画ならではのテーマにつながっているような気がします」と力を込める。最後に、「友だち同士でも見てください(笑い)」とちゃめっ気たっぷりにアピールした。映画は全国で公開中。

 <プロフィル>

 1960年5月24日生まれ、大分県出身。京都大学在学中から自主映画を製作し、助監督を経て、89年「課外授業 暴行」で監督デビューを果たす。以降、「MOON CHILD」(2003年)、「感染列島」(09年)などの映画だけではなく、ドキュメンタリーやテレビなど数多くの作品を発表。10年公開の「ヘヴンズ ストーリー」で、第61回ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞とNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)の2冠に輝いたほか、芸術選奨文部科学大臣賞映画部門を受賞。「アントキノイノチ」(11年)では、第35回モントリオール世界映画祭でイノベーションアワードを獲得。最近の主な監督作に、「シネマ☆インパクト/この森を通り抜ければ」(12年)、「ストレイヤーズ・クロニクル」(15年)などがある。

 (インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)

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